災害支援と技術 #熊本県緊急支援
熊本の地震を受けて、被災した学生やボランティアに向けたAI利用支援の準備を始めました。
【令和8年熊本地震】災害支援のAIインフラを2026年10月末まで無償提供します
— AICU - つくる人をつくる (@AICUai) July 29, 2026
#熊本県緊急支援
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災害支援という言葉から、多くの人が最初に思い浮かべるのは、被災地へ行って物資を運ぶことや、がれきを片づけることだと思います。もちろん、それは重要な支援です。体力があり、現場で活動できる人たちには、現場でしかできない仕事があります。
一方で、すべての人が同じ方法で支援する必要はありません。
システムを開発したり、プログラムが書ける人には、プログラムでできることがあります。文章を書ける人には、必要な情報を整理して届ける役割があります。絵を描く人、ゲームを作る人、配信する人にも、それぞれが持っている技術を使った支援があるはずです。
私自身、今回の地震を知ったとき、すぐに熊本へ向かえるわけではありませんでした。仕事もあり、抱えている締め切りもあります。それでも、何もせずにニュースを眺めているだけではなく、今の自分の仕事を災害支援につなげられないかと考えました。
そこで準備しているのが、被災した学生やボランティアに向けたChatGPTやOpenAI APIの利用支援です。
一見すると、災害時にAIを使えるようにすることは、水や食料を届けることに比べて優先順位が低く見えるかもしれません。しかし、災害によって失われるものは、家や道路だけではありません。
電気も通信も、机も椅子も。学習する場所が失われます。パソコンを使える環境が失われます。静かに考える時間が失われます。そして、自分が進みたかった未来について話すことさえ、難しくなる場合があります。
避難所や親戚の家などで生活することになれば、周囲には常に人がいます。赤ん坊が泣き、子どもの声が聞こえ、老人が怒鳴り、行方不明になった人や連絡が取れない家族がいて不安になったり、大事な人がお亡くなりになった知らせを聞くこともあります。視線が気になり、会話が気になり、夜も眠れず、家族も疲れてきます。電源や通信にも制限があります。例えば家族に高校3年生がいて、受験を控えていても、机やパソコンが使えるとは限りません。スマートフォンを充電しているだけで、遊んでいるように見られることもあるでしょう。
通信制限どころか電源に制限があるスマートフォンしか使えない状況で、どうやって勉強を続けるのか。身の回りの緊急持ち出し用具だけで、勉強道具をとりに帰ることもできないのにどう学べばいいのか。壊れたパソコンの代わりに、どこまで制作や開発を続けられるのか。
こうした小さいけれど深刻な困りごとは、被害状況を伝えるテレビ映像には、なかなか映りません。
災害直後は、建物の倒壊や道路の寸断、大規模な停電など、目に見える被害が報道されます。しかし数日が経つと、ニュースにはならない小さな問題が無数に生まれます。
勉強が止まった。提出物が出せない。アルバイト先が営業できない。進学や就職の準備ができない。オンラインの仲間と連絡が取れない。デマや偽画像が拡散され、どの情報を信用すればよいのか分からない。
技術が役に立つのは、むしろこうした場所なのかもしれません。
スマートフォンだけで使える学習ページを作る。通信量の少ない情報サイトを作る。対策本部などの文字起こしを簡単にできるようにする。被災状況や支援制度を整理する。文章を書くのが難しい人のために、申請書や連絡文を作る手助けをする。開発環境を失った学生に、一時的にクラウド上の制作環境を提供する。
どれも、重機を動かしたり、大量の物資を運んだりする支援ではありません。しかし、その人が勉強や仕事、創作を続けるための細い糸にはなります。
災害が起きると、創作は後ろめたくなる
私は東日本大震災が起きた頃、大学でゲーム開発を学生に教える仕事についたばかりでした。
社会全体が深刻な状況にある中で、ゲームを作ることや、エンターテインメントについて語ることには、独特の後ろめたさがありました。
水や食料を求めて多くの人が並んでいるときに、ゲームの話をしてよいのだろうか。放射能の被害で家を追われた人々がいる、電力が不足しているときに、娯楽に電気を使ってよいのだろうか。街の復旧が進んでいないときに、架空の街を壊すゲームを作っていてよいのだろうか。
そうした「不謹慎」という空気は、直接言葉にされなくても人を押さえつけます。
特につらいのは、これからゲームや音楽、漫画、映像などの世界へ進もうとしている若者です。
ゲーム会社に就職したい。音楽を続けたい。イラストレーターになりたい。そう考えて20歳まで20年間生きてきた人が、大きな災害をきっかけに、「そんな仕事ではなく、もっと安定した仕事を選びなさい」と言われることがあります。
実際に災害や感染症の流行によって、内定先や仕事そのものがなくなった人もいます。制作会社やイベント会社、劇場、ライブハウス、娯楽施設などは、社会的な危機が起きるたびに大きな影響を受けます。
命に関わる状況で、娯楽が最優先ではないことは確かです。
ただし、人間は命が助かれば、それだけで元の生活に戻れるわけではありません。
安全が確保された後には、美味しいものを食べ、ぐっすり眠り、心を休ませる時間が必要です。友人と話す場所が必要です。勉強を再開するきっかけが必要です。音楽や物語、ゲームによって、災害以外のことを考えられる時間も必要です。
エンターテインメントは、安全がなければ成立しません。命綱のないバンジージャンプは、娯楽ではありません。
だからこそ、創作者や技術者は、まず安全を支える方法を考える必要があります。そのうえで、人が再び学び、遊び、つくり始める環境を取り戻すことも、復興の一部だと思います。
自分のペースを守りながら支援する
災害の情報に触れ続けていると、感情も時間も持っていかれます。
もっと何かしなければならない。自分だけ普段どおり仕事をしていてよいのだろうか。楽しそうな発信をしてよいのだろうか。
そう考え続けると、遠くにいる人まで動けなくなります。
災害から目を背けないことと、災害に自分の生活のすべてを明け渡すことは違います。自分の仕事を止めてしまえば、支援を続けるための力も失われます。
大切なのは、自分のペースを守りながら、自分の専門分野の中で付加価値を生み、その一部を支援につなげることです。
支援と事業も、必ずしも対立するものではないはずです。
被災地で通常よりも高値で物資を提供するのであれば、それは悪意を感じますが、まずは自分で提供できるリソースがないか?と探すところから始めてみることにしました。
ここに食料や物資の余裕があったとして、必要な物資を必要な場所へ運ぶには、人も車も燃料も必要です。安全に運ぶ情報と技術も必要です。しかし私にはそのような物理的なロジスティックはありません。
しかしシステム開発技術はあります。Cloudflareを使った無停止のクラウドサービス、その背景にある高速で安価なAPIサーバー、利用料、保守技術などを使えば…できることはまだまだありそうです。
そういえば令和6年能登半島地震(2024)の時は、災害対策本部の文字起こしの多くを人力で行っていました。
現在では、AI技術とAPI化によって、かなりの部分を任せることができます。またオープンソースなどのリソースや集合知がそれを解決してくれる可能性があります。その中でもAPI費用・コーディングエージェントのためのインフラ費用などは、学生さんや、社会インフラが破壊された環境によっては
「高い」もしくは「優先順位が低い」と考えられますが、私にとっては「出せるリソース」には間違いありません。つまり社会的な付加価値が高い。
そして災害を利用して利益を得ることと、必要な支援を必要なタイミングで、かつ持続可能な形で届けることは、同じではありません。無料で提供する部分、企業や団体が負担する部分、利用状況に応じて支払ってもらう部分。それらを丁寧に設計することも、技術者の仕事です。
私に似た誰かを想像する
大きな支援計画を作ろうとすると、何もできないように感じることがあります。
そんなときは、被災地にいる「自分に似た一人」を想像するとよいのだと思います。
パソコンが好きだけれど、今はスマートフォンしか使えない高校生。ゲームを作りたいけれど、そんなことを言い出せない学生。絵を描きたいけれど、周囲に遠慮している人。オンラインの仲間と連絡が取れず、一人になっている人。
その一人のために、自分には何が作れるだろうか。
スマートフォンで読めるページかもしれません。軽量なWebアプリかもしれません。学習ノートかもしれません。短いゲームや漫画、安心して話せるオンラインの場所かもしれません。
最初から何万人を救うサービスである必要はありません。
誰か一人の困りごとを具体的に想像し、それを解決する小さな技術を作る。その小さな技術が、同じように困っている人たちへ広がっていくことがあります。
現場へ行くことだけが支援ではありません。
コードを書くことも、図を描くことも、文章を整理することも、誰かが勉強や創作を続けられる環境を作ることも、災害支援になり得ます。
今回準備しているAI利用支援も、できることは限られています。それでも、被災によって学びや制作を止めざるを得なくなった人が、もう一度手を動かすための小さな足場にはなるかもしれません。
災害が起きたとき、自分は何の役にも立たないと考えるのではなく、自分の持っている技術を誰に届けられるかを考える。
その積み重ねが、災害の多いこの国で、技術とともに生きるということなのだと思います。
何が本当に役に立つのかは、まだ分かりません。AIの利用料を支援することが、水や食料と同じ意味を持つとも思っていません。
それでも、被災した場所に、勉強を続けたい人や、ゲームを作りたい人や、誰にも言えずに進路を迷っている人がいるなら、その人がもう一度手を動かすための小さな足場くらいは作れるかもしれません。
今日は、まずそこから始めてみることにしました。
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