真っ暗闇の深海にひとりぼっち。酸素残量はわずか10分…。
そんな悪夢のようなシチュエーションに取り残された、若きダイバーの脱出劇を描くサバイバルスリラー『ラスト・ブレス』が、2025年9月26日に日本上陸する。
主人公は、若き飽和潜水士のクリス(フィン・コール)。海底に張り巡らされたガスのパイプラインを補修するミッションのため、ベテランのダンカン(ウディ・ハレルソン)と、ぶっきらぼうだがプロ意識の強いデイヴ(シム・リウ)と共に、スコットランドの港から潜水支援船に乗り込んだ。しかし、コンピュータシステムが異常をきたし、船が制御不能に。その直後、命綱が切れたクリスは深海の暗闇の彼方へと流されてしまう…。
物語は2012年に起こった潜水事故に基づいており、2018年に同名のドキュメンタリーを手がけ、事故の裏側を知り尽くしたアレックス・パーキンソン監督が、今作でもメガフォンを執った。撮影は実際に事故が起こった船で行われ、世界で最も危険な職業の一つとされる飽和潜水士のリアリティーが細部まで徹底的に追求されている。
ギズモードでは日本公開を前に、アレックス・パーキンソン監督にインタビューを行い、映画の舞台裏や深海での撮影秘話を伺った。
『ラスト・ブレス』、劇映画としての精神

――とても没入感あふれる作品で、あっという間の93分でした。今作は実際に起こった潜水事故に基づいた物語で、監督は2019年に同名のドキュメンタリーも手がけています。このストーリーのどのような部分に最も魅力を感じましたか?
アレックス・パーキンソン監督(以下、AP):実は石油ガスなどの業界向けに、安全性や衛生を教えるためのビデオを制作する仕事をしていたのですが、その時に友人から今作の題材となった事故について初めて聞きました。皆さんと同じく、本当に驚きましたし、飽和潜水という世界に魅了されたんです。
ただ、クリスの気持ちは何となく想像がついたんですよね。彼の経験には“エモーショナル・トゥルース”、つまり、わたしたち人類に共通する感情面の真実があると思ったんです。誰もが知らなかった世界に、誰もが共感できる物語があるということは、素晴らしいバランスだなと思い、作り手として、これは語られるべき素晴らしい物語だと、すぐにわかりました。
――同じテーマを異なる形で表現するのは、どのような体験でしたか?
AP:物語を単なる背景として扱うのではなく、映画としてしっかりと構築することにこだわって制作しました。あまり知られていない世界を描いた作品だからこそ、観る人にちゃんと理解してほしいと思ったんです。
ドキュメンタリーであれば、関係者のインタビューを通じて、何が起こったのかを正確に説明することができます。でも、それを映画に翻訳するとなると、説明が多すぎて不自然にならないように物語の世界を広げることが一番大変でした。知的にも非常にやりがいのある作業でしたが、同時に、とても難しかったです。

――ドキュメンタリーから劇映画へ移行する上で、最も大切にしたことは?
AP:物語の感情的な真実を保つことです。クリスと仲間たちが経験した感情の旅を、映画の中でもしっかりと描きたいと思いました。今作では、その感情の部分をできるだけ増幅するように意識したので、彼らと一緒に体験しているような気分を味わってもらえるはずです。ドキュメンタリーと映画は、まったく異なるタイプの作品ですが、どちらも手がけることができたのは、フィルムメーカーとして貴重な経験となりました。
――親しみのない世界が描かれているにもかかわらず、とても理解しやすくて、自分がその場にいるかのような追体験ができました。監督が今回、初めて劇映画を手がけたと聞いて驚きました。
AP:どうもありがとうございます。飽和潜水士たちの世界は本当に素晴らしいので、そこへ観客を導く上で、ドキュメンタリーで培った自分の感覚が自然と表れたように思います。あの世界を少しでも理解してほしいと強く願っていたので、単に知識を伝えるだけでなく、感情を通して深く理解してもらうことが何よりも大切だと考えました。
現実を再構築する役者陣の妙

――メインキャストのウディ・ハレルソン(ダンカン役)、シム・リウ(デイヴ役)、フィン・コール(クリス役)が素晴らしかったです。実在の人物をキャスティングする際に重視したことは?
AP:彼らの生まれ持った性格と人柄です。ウディと実在のダンカンには、共通して温かさとユーモア、そして、深い感情が備わっています。デイヴを演じたシムに関しては、身体的な特徴だけでなく、物事に対して距離を置いたアプローチを保ちつつ、感情を内側に秘める演技力が求められました。シムはその点で素晴らしかったです。
そしてフィンには、少年のような魅力があり、それはまた彼のか弱さでもあって、クリスという人物の本質でもあります。クリスは新人の飽和潜水士ですからね。3人とも実在の人物と演じた俳優に共通点があったので、彼らのリアクションはまるで本人の延長線上にあるような自然さがあり、それがキャラクターを探求する上で最高の出発点となりました。
――役作りのために、どのようなトレーニングが行われたのですか? 特にフィンとシムは潜水ベルから海底へ出る必要がある役なので、大変だったのではないでしょうか?
AP:フィンはお父さんがダイビング好きだったこともあり、ある程度の経験がありました。すでにPADIのライセンスも持っていたんです。一方のシムは、レクリエーションとして潜ったことがある程度でした。それでも2人には、役作りのために厳しいトレーニングを受けてもらいました。
劇中では実際の潜水士が使用する機材を扱う必要があり、水上からの空気供給などにも慣れてもらいかったので、4週間のトレーニングを実施しました。長く思えるかもしれないですが、カメラの前でリラックスして、自然に振る舞う彼らの姿を見ると、あの短期間であそこまで習得できたことに驚かされます。2人は業界標準の装備を使いながら演技をこなし、スタントも自らこなしていました。さらに、水深11メートルでの夜通しの撮影にも挑戦してくれたんです。本当に素晴らしい役者ですし、この作品にすべてを捧げてくれたと感じています。
――キャストの3人と実在の3人の対面も実現したそうですね。彼らはどんなことを話したのですか?
AP:飽和潜水士に会ったら、誰もがきっと同じ質問をするはずです。「なぜこの仕事を選んだのか?」「どんなところが魅力なのか?」知りたいですよね(笑)。トレーラーほどのサイズのカプセルの中で、他人と1か月間も一緒に過ごすなんて、並大抵の覚悟ではできない仕事です。3人の俳優も、彼らがなぜあの仕事を選んだのか理解しようとしていました。
6人は出会ってすぐに意気投合していました。私にとっても、キャスティングの際に感じた自分の直感が間違っていなかったことを目撃できてうれしかったです。
――ちなみに、彼らはなぜ飽和潜水士になったのですか?
AP:ダンカンはジャック=イヴ・クストーの映画を観て育って、とにかく海の中にいることが大好きだったそうです。最近になって潜水士を引退しましたが、去年までは潜っていたそうですよ。彼は海のロマンティックな側面が大好きなのだそうですが、私にはちょっと理解しきれません(笑)。だからこそ、この物語に興味を持ったんです。

――よく知っている実在の人物を、役者を通して描くのは難しかったですか?
AP:ドキュメンタリーの制作から今作に至るまで、私はこの題材と10年も向き合ってきたので、難しさは感じませんでした。彼らに敬意を表して、事実の詳細を追うのではなく、彼らが経験した感情的な共鳴をできる限り忠実に描写することを目指しました。観客が理解しやすいように少し変更を加える必要はありましたが、自分の印象にできるだけ近づけるように心がけました。
それに、実在の人物に自然と似ている役者をキャスティングできた時点で、すでに60パーセントは達成されていたと思います。俳優たちと一緒にキャラクターを探求し、彼らが映画に何をもたらし、どう解釈するかを見つけていく作業は、とても楽しかったです。私は俳優たちがもたらす新しいものを発見し、驚きたかったんです。それこそが映画監督という仕事の醍醐味ではないでしょうか。だから、難しくはなかったけれど、とてつもなく楽しい経験でした。役者たちの関係性も実在の人物たちと似ていて、3人は本当に仲良くなり、待ち時間も楽屋に戻らず、ずっと一緒に過ごしていました。

――深海での撮影で工夫したことは?
AP:ドキュメンタリーから映画に移行する上で最も大変だったのは、現実の海底が真っ暗であることでした。真っ暗な画面をそのまま見せても、映画としては面白くありません。そこにどうやって光を取り入れるか、クリエイティブな工夫が必要でした。
例えば、劇中ではマニホールド(海底にある装置)が光っていますが、海底には照明がないため、本来ならば光りません。でも、観客がそれを理解して感じ取るには、視覚的に見える必要がある。そこで、電源ケーブルを垂らして点灯させるという仕掛けを思いつきました。そのようなアイデアを駆使して撮影したのですが、水中撮影監督のイアン・セブルックもSFXチームも、すべてにおいて素晴らしい仕事をしてくれました。
――実在の3人は、今作を観てどのような感想を持たれていましたか?
AP:3人とも、作品をとても気に入ってくれました。先ほども話したように、物語には実話と少し異なる部分もありますが、全体としては実際に起こった出来事に基づいています。登場人物も誠実に描いているので、彼らはとても喜んでくれました。
――ついに日本でも公開されますが、日本の映画ファンに伝えておきたいことはありますか?
AP:『ラスト・ブレス』が日本で公開されるなんて、とても興奮しています。一度だけ日本を訪れたことがあるのですが、とても素晴らしい国でしたし、素敵な人々に出会いました。ぜひ映画館で観て、未知の世界に足を踏み入れるような体験を共有してもらえたらうれしいです。スリル満点で、かなり緊張するシーンもありますが、だからこそ、真の映画的な体験を味わってもらえると思います。
『ラスト・ブレス』は2025年9月26日より、新宿バルト9他ロードショー。
Source: 『ラスト・ブレス』