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Image by: FASHIONSNAP

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coconogaccoでファッションデザインを学ぶ。2013年よりテキスタイルプリンタや刺繍ミシン、レーザーカッターといった機材のオペレーションや現場での運営に携わる。
2017年にジャーナリストとしてフリーランスでBRUTUS、WWDJAPANなどに執筆や企画提供。またDJとして2020東京パラリンピックの開会式に出演。
私は時間を見つけては、現代アートと意識的に触れるようにしている。作品を通して世界の見方を揺さぶられたり、アーティストの思考に浸ったりするのが好きだからだ。専門家ほど知識があるわけではなく、全くの素人であるが、一つの疑問を抱くことがある。それは、若いアーティストでデジタルアートや先端技術を使った作品ほど「人間の精神性」や「人間とは何か」という根源的な問いを投げかけてくる、ということだ。
最近の代表例をあげるならば、大阪万博で展示されている落合陽一氏がプロデュースした作品だ。テクノロジーと仏教哲学を掛け合わせ、人間の存在のあり方を探ろうとしている。根底にあるのは仏教の「色即是空(しきそくぜくう)」という思想で、「形あるものは実体を持たない」という意味だ。落合氏はこれをデジタルに置き換え、「肉体という“色”が、データという“空”に変換されていく世界」を描き出す。つまり、すべてが0と1に還元される近未来に「人間とは何か」を問うているのだ。

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同じ問いにファッションで挑んだのが、「ヒュンメルオー(HUMMEL 00)」のデザイナー・森川マサノリ氏である。森川氏はスポーツの根幹にある「人体」を解剖学的に再解釈し、これまで服に隠されてきた筋繊維や骨格を、パターンやパイピングに組み込むことで可視化した。
会場に展示された二体の人形は、アスリートが「ゾーン」に入る瞬間を「身体と意識の融合」として示す一方、身体と意識の分離を暗示する「幽体離脱」として提示され、対極的な状態を描き出した。森川氏はこの二つの状態を対比させることで、スポーツウェアが人間の意識と身体を一致させパフォーマンスを高めるための装置であることを示しながら、同時に「可視化できない精神とは何か」という問いを投げかけている。
さらに映像演出では血液や細胞のイメージが差し込まれ、人間の原始的な「狩り」の記憶までも呼び覚ましていた。肉体を動かすという点で、スポーツと狩りは同じ行動原理に基づくものだと示唆しているのである。




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HUMMELが掲げる「Change the World Through Sport」という理念は、肉体的なパフォーマンスの追求にとどまらず、心の変化や人々を奮い立たせる力を信じている。森川氏はその内面的な側面をコレクションに映し出し、テクノロジーを駆使しつつ、あえて「人間らしさ」を際立たせた。
この姿勢は、「クリスチャンダダ(CHRISTIAN DADA)」時代にも通じている。当時は装飾を反抗の象徴として用い、モードの美しさと、着る者の葛藤やアイデンティティの揺らぎを映し出していた。衣服を通じて形のあるものから形のない感情を伝えているのである。また〈Pilgrimage(巡礼)〉と題したコレクションでは、仏教の精神性をモチーフに据えており、森川氏の関心が一貫して人間の内面に向けられてきたことがわかる。
今期のコレクションは、スポーツブランドの理念と森川氏自身の創作哲学が響き合ったものだ。布という具体的な形を通じて、人の内面や背景を映し出しており、前ブランドを知る私の目からは、HUMMELと森川氏の序章が始まったような景色に映った。

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話は戻るが「空」とは、すべてのものごとに実体はなく、個々の関係性の中でしか存在しないという考えだ。テクノロジーが世界をデータ化し、あらゆる事象を数値に置き換えようとするとき、この「空」の感覚は、むしろ人間の側にしか残らないものとして浮かび上がる。
テクノロジー社会が「可視化」「数値化」を追い求める中で、不可視であり、数値化できない人間の精神を可視化しようとする表現は、現代において抵抗になる。ファッションの中で精神性を纏うことは、人間にしかできない「不完全さの価値」を取り戻す営みなのだ。
落合氏と森川氏が共通するのは、先端技術を駆使しつつも「情報化されていく肉体」を見つめながら、その先にある精神性を問うている点である。そして両者の表現は、純粋なアートにとどまらない。落合氏の作品は万博という国家的イベントに、森川氏のコレクションは商品として市場に流通する。つまり、制度や市場という枠組みを通じて、私たちの存在そのものを問い直しているのだ。
デジタル化がさらに加速し、人間を「情報化」し「商品化」する時代。私たちはいかに人間であり続けられるのか。ファッションもアートも、その切実な問いから逃れることはできないだろう。
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