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Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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現代ファッション界において、持続可能性という命題は避けて通れぬ普遍的課題となっている。しかしながら、その追求の姿勢や表現手法は各ブランドにより千差万別であり、むしろそのアプローチの多様性こそが、新たなクリエイションの可能性を内包しているとも言える。
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井野将之が手掛ける「ダブレット(doublet)」の2026年春夏コレクションは、持続可能性という概念を単なる倫理的義務や商業的戦略としてではなく、日本固有の精神文化と結びつけることで、本質的な意味を問い直した。パリ郊外の農園で披露された2026年春夏コレクションは、「いただきます」という日本人が食前に発する言葉をテーマに、生命の循環と感謝の念を衣服という媒体を通して表現。食物を育む自然への敬意、第一次産業従事者への感謝、そして命のつながりへの畏敬が、コレクション全体を貫く支柱となっていた。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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ダブレットが2026年春夏コレクションで示したのは、単なるエコフレンドリーな素材選択を超えた、より包括的かつ文化的な持続可能性のヴィジョンだった。ショーに先立ち配布されたコレクションノートには「良い素材とは何か?」「本当の贅沢とは何か?」という根源的問いが記されており、これらの問いかけは、現代のファッション産業が直面する本質的な課題を鋭く突いている。
コレクションを構成するアイテムは、いずれもこれらの問いに対する井野の熟考を反映したものであった。例えば、モリトが開発した金目鯛漁で廃棄される漁網を再利用した高性能ナイロン糸「ミューロン(MURON)」を用いた発色の良いスーツは、環境省の調査で海洋ゴミの重量の11.6%(919kg)を占める漁具の環境問題に対する具体的な解決策を体現している。また、高知県の「オーシャンレザー(Ocean Leather)」が手掛ける魚革は、かつては廃棄されていた魚の皮を独自の技術で加工し、その特徴的なうろこのパターンと質感を保持しつつ、実用的な素材として再生させたものである。ダブレットはこれを直截的に魚のモチーフを象ったサンダルへと落とし込んだ。

MURONを用いたスーツ
Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

MURONを用いたドレス
Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

MURONを用いたニット
Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

「Ocean Leather」のフィッシュレザーを用いたサンダル
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さらに特筆すべきは、廃棄された卵の殻の膜から開発された天然由来の繊維「オボヴェール(ovoveil)」の起用である。この素材は軽やかでしなやかな風合いと自然な光沢を有し、同時に優れた保湿特性を持つことが臨床的に実証されている。ダブレットはこの革新的素材をスウェットやデニムに採用し、卵が割れたようなクラックデザインを施すことで、素材の由来を視覚的に表現している。

「ovoveil」を用いたスウェット
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「ドーバー ストリート マーケット(DOVER STREET MARKET)」を介して縁を得たというアーティスト、ダン・コーレンが2011年に創設した非営利団体「スカイ ハイ ファーム(SKY HIGH FARM)」との協働も注目に値する。同組織は食を通じた社会貢献を理念とし、収益の50%を農場に還元している。ダブレットは同ファームのキャラクターを配したアイテムや、大地との繋がりを象徴する泥染めスーツなどを展開した。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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ロールプレイングゲームのように活動を通じて仲間を増やしていく同ブランドらしく、今季も継続を含む多数のコラボレーションが展開された。漁業で使う長靴をひっくり返したようなデザインのシューズは「キッズ ラブ ゲイト(KIDS LOVE GAITE)」と製作。目玉焼きのようなハットは「キジマ タカユキ(KIJIMA TAKAYUKI)」、サングラスは「817 BLANC LNT」、魚頭をプリントしたバッグや長靴バッグは「ベータ ポスト(beta post)」とコラボし、そのほか「アシックス(asics)」をはじめ、「エー レザー(A LEATHER)」「レボマックス(REVOMAX)」「ワコール(Wacoal)」「シンフラックス(Synflux)」とプロダクトを開発した。

キッズ ラブ ゲイトとのコラボシューズ
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キジマ タカユキとのコラボハット
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ワコールとのコラボバッグ
Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

ベータ ポストとのコラボバッグ
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ダブレットの今季コレクションが鮮烈に訴えかけるのは、持続可能性とは単に環境負荷を低減する技術的課題ではなく、我々が物との関わり方を根本から再考する視点。日本固有の「いただきます」の精神が示すのは、自然から恵みを受ける者としての人間の立ち位置の再認識であり、消費ではなく共生の思想への回帰である。
「本当の贅沢」とは、限られた資源を浪費することでも、稀少性を誇示することでもなく、自然と人、過去と未来をつなぐ物語を紡ぎ出し、その物語に敬意を持って参加する行為にこそ見出される、井野が表現したかったことはそこではないか。廃棄される漁網や卵の殻から生まれた素材が、新たな命を吹き込まれ服となり、それを身にまとう人が次の物語を紡いでいく。この循環こそが、ダブレットの考える「いただきます」の現代的解釈であり、真の持続可能性の姿なのだろう。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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現代ファッションビジネスは大量生産・大量消費を前提とした構造を持ち、それが持続可能性と根本的に矛盾している現実がある。トレンドの加速化によって衣服の寿命は極端に短くなり、膨大な廃棄物が生み出され、グローバルサプライチェーンの複雑化によって労働環境や人権問題が見えにくくなっている。これらの課題に対して必要なのは、表面的な「サステナブル」を掲げるグリーンウォッシングではなく、ものづくりの根本哲学として持続可能性を捉え直す視点であろう。
ダブレットの2026年春夏コレクションは、こうした産業の本質的課題に対し、日本の「いただきます」という言葉に込められた敬意と感謝の精神から解決策を見出そうとする真摯で創造的な試みと言える。生産と消費の循環を単なる経済活動としてではなく、生命の循環の一部として捉え直すことで、ファッションが本来持ちうる文化的意義と精神性を取り戻そうと言わんばかりに。
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