今年77冊目読了。戦史研究家にして工学者の筆者が、現代に活かせる太平洋戦争の教訓を読み解く一冊。
畏友がお薦めしてくれたので読んでみたら、なるほど、これは引き込まれた。非常に勉強になる。
筆者は「病気も戦争も人を傷つけ、ときには死にいたらせしめる。したがって、どちらも人類にとっては永遠に闘いつづけなくてはならない強敵」としたうえで、そもそも「日本の失敗の本質は、人口で2倍、生産力では10ないし50倍というアメリカおよびイギリスに、全面戦争を挑んだこと」とする。しかし、小失敗にあえて焦点を当てるのは「敗者の側にこそ、教訓は多く残っている」からだ、と主張。これは確かに納得。
特に陸軍には手厳しい。「どうにも収拾のつかなくなった中国との戦争の責任を回避し、それを対米全面戦争という形で転嫁しようとした当時の我が国の上層部(特に陸軍の首脳)は、日本の歴史に現れた最悪の人々」「日本陸軍の特質として、補給の手段はほとんど考慮されておらず、食料は現地で調達できるとされていた」「前線の舞台への補給という面から見ると、戦国時代の武将の方が日本陸軍の将官よりはるかに優れていた」「陸軍は、何を教育するにしろ長々と精神論から始まる取扱説明書の丸暗記を新兵に強要した」「日本の軍隊は、眼に見えない『効率』というものを軽視していた」「兵士の射撃の水準をあげれば、自動小銃など不要という意見が強く出されると、だれも反論できない」は、本当にそのとおりだと感じる。机上の官僚主義の弊害だ…
「豊かな国が兵器の統一化に努力し、貧しい国の軍隊が雑多な種類の兵器を装備する。日本だけでなく、ドイツでさえも規格の統一化、標準化という点からは、連合軍側に大きく水をあけられていた」「今後の世界の目指す指標のひとつは、個人としての多様化・社会としての共通化ではあるまいか」
作戦面でも、地道さを欠いた、と言及。「日本陸海軍は正攻法に頼りすぎ、常に大きな勝利だけを狙っていた。戦う相手が強大であればあるほど、一撃で打ち倒すのは難しい。ときには軽いパンチで、ときには針で刺すような小さな攻撃を繰り返し、その力を削いでいく。この種の地味な努力の積み重ねが、最終的な勝利に結びつく」「海戦ひとつとっても『華々しい大艦隊同士の衝突(最長でも3日程度)』『長期にわたって続く潜水艦相手の戦い』があり、我々は間違いなく前者に目を奪われてしまう。しかし、国家の存亡を決定する意味からは、重要度は同じであった」はそのとおり。
そのうえに、謙虚さも学びの姿勢もない。「日本の軍人たちの口から出る言葉は『素人に何がわかるか』の一言に尽きた。海上、空中、陸上戦闘の勝敗のかなりの部分が、数学、統計的要素に左右されるなどという事実に気がつきもしなかった」「いわゆる軍人・専門家と称する人種はいかに不勉強か。日夜いくつもの競争にさらされている企業従業員の方が数段、自分の仕事に熱心であり、また研究心も旺盛」「日本海軍の場合、技術重視は早くから叫ばれていたものの、同時に重要な分野で『名人』の存在に頼っていた」「戦争を遂行している中枢部の情報部のスタッフの数は、日本の1に対してアメリカは45」「航空機工場に飛行場がないということは、内陸部に大型船の造船所を建設するのとまったく同様」という指摘には、本当になんとかならんかったのか、と絶望的な気持ちになる。
陸海軍の仲の悪さもよく言われるところだが「『海軍頼りにならず』という意識が、即独自の潜水艦、空母の建造保有に結びつくところが陸軍の奢りと無知を如実に表している」「日本の陸海軍ほど対立が激しい軍隊はなかった。とくに『良識の海軍』といわれた旧海軍にあって、センチをサンチと呼び変えた事実を知るとき、二の句がつげなくなる」という事実の前には愕然とする。
そして、そもそもの準備レベルが違う。「軍隊に土木機械を導入するといった考え方をはっきりと認識していたのは、アメリカとソビエト陸軍だけ」「アメリカはいつから日本軍の暗号を解いていたのか。なんと第一次大戦後の1919年からとのことである」は、まさにこの戦争が無理筋であったことを示している。
そのほかにも「特別攻撃(体当たり攻撃)は、心情的にではなく、純粋に戦術面から見ても実施すべきではなかった」「外観的に、またカタログデータからは同じような日米の航空母艦であっても、使いやすさといった面からはすべてにおいてアメリカ海軍が優れていた。それは、日頃の工夫、研究心、技術分野の底辺の差から生じたもの」のあたりは頭を抱えるしかない。
最終的には「日露戦争のさいには、確かに日本はロシア以上に軍事技術を学ぼうとしていた。また常に新しい戦術を考え、謙虚に勉強をつづけていた。それに引き換え昭和の高級軍人たちは、日露戦争の勝利の恩恵だけを満喫していた」に尽きるのだろう。他方、平成を生きてきた自分としては、令和に至って『平成世代は、昭和の恩恵だけを満喫していた』と言われるかもしれない、と、二度目の敗戦を感じずにはいられない…今からでも、学ばないと。そんな切実感を覚えた。これは改めて良書だ。