【生成AI活用のリアル】データが暴く「勝つ企業」と「停滞する企業」

はじめに
本連載は、生成AIコミュニティ「IKIGAI lab.」で活動している各分野のエキスパートが執筆を担当しています。生成AIの活用がビジネス領域において本格化する中、理論と実践の両面から、最新の知見に基づいた実践的な情報をお届けしていきます。
前回は、生成AIのプロジェクトをPoC(概念実証)で終わらせず、いかにして事業価値に繋げるかという、プロジェクト単位での成功へのアプローチを解説しました。本記事ではさらに視点を広げ、日本企業全体が直面している「生成AI活用のリアル」を複数の調査データから解き明かしていきます。
最新データが示しているのは、AIを使いこなす者とそうでない者の間に生まれる、生産性や競争力の決定的な格差、いわゆる「AIデバイド(AI格差)」という厳しい現実です。そして、その根源には「企業」という組織(経営)の視点と、現場で働く「個人」の視点の間に大きな隔たりがあることが見えてきました。
そこで今回は2025年に公開された情報・データを中心に、「企業」と「働く個人」それぞれを対象とした調査データを突き合わせることで、「組織と個人のギャップ」の正体に迫ります。本記事が、次の一手を考えるヒントとなれば幸いです。
【現状把握】データが示す
生成AI導入の「光と影」
まず、企業における生成AI活用の現在地を、最新データから客観的に見ていきましょう。そこには、導入が加速する「光」の側面と、その裏で進行する「影」の側面が明確に映し出されています。
光:企業導入は加速、市場は爆発的に成長
企業としての生成AI導入は、疑いなく加速しています。PwC Japanグループの調査では日本企業の56%が「社内で生成AIを活用中」と回答。市場規模もIDC Japanによれば2028年には8,000億円を超えると予測され、ビジネスのインフラとなりつつあることは明白です。

【出典】「生成AIに関する実態調査2025 春 5カ国比較」p.13 (PwC 2025年6月)
【出典】「国内生成AI市場は今後5年で8,000億円規模への成長を予測~」(IDC 2024年11月14日)
この動きは、MicrosoftやGoogleといった巨大テック企業が自社製品に生成AI機能を標準搭載する「プッシュ型」の動きにも支えられ、生成AIは特別なツールではなく、ソフトウェアに組み込まれた「当たり前の機能」になりつつあります。
影:企業と現場の間に横たわる「3つの断絶」
しかし、生成AIの導入の裏側で、深刻な断絶(ギャップ)が進行しています。
1. 導入実態の断絶:「導入したはず」の企業と「知らない」現場
企業側の調査では導入率が5割を超える一方、マクロミル調査によると、自社が生成AIを「導入している」と回答したのはわずか26%で、驚くべきことに45%が「自社の導入状況を知らない」と回答しています。これは、経営層やIT部門が「導入した」と発表しても、それが現場の従業員に全く浸透・認知されていないという、コミュニケーションの断絶を示唆しています。

【出典】「企業での生成AI活用における課題と可能性」【図表1】生成AI導入・活用状況と導入階層ごとの活用状況 (マクロミル 2025年6月13日)
2. 価値創出の断絶:「遅れる日本企業」と「効果を実感する個人」
PwCの国際比較調査では、生成AI活用で「期待を大きく上回る効果」を上げた日本企業はわずか13%と世界最低水準で、企業として価値創出に苦戦している姿が浮き彫りになっています。

【出典】「生成AIに関する実態調査2025 春 5カ国比較」p.81 (PwC 2025年6月)
しかし、その一方で、マクロミル調査では生成AIをほぼ毎日個人利用している人の48%が「満足している」と回答しています。

【出典】「企業での生成AI活用における課題と可能性」(マクロミル 2025年6月13日)
このねじれは「個人のレベルでは業務効率化が進んでいるものの、それが組織全体の成果として可視化・集約されていない」という、日本企業が抱える構造的な問題を浮き彫りにしています。
3. 企業間・業界間の格差
もちろん、従来から指摘されている格差も存在します。売上高1兆円以上の大企業では導入率が約9割に達する一方、中小企業では遅れが見られます。また、情報通信業のような「パイオニア層」と金融・保険業のような「試行錯誤層」とで、業界による導入進捗の濃淡も依然として大きな課題です。
【出典】「生成 AI の利用状況(「企業 IT 動向調査 2025」より)の速報値を発表」 (JUAS 2025年2月18日)
【事例分析】「効率化」のその先へ
成功の鍵はどこにあるのか
生成AIの活用レベルは、大きく3つのステージに分けることができます。自社と現場の従業員がどの段階にいるのか、客観的に見極めることが重要です。
ステージ1:個のDX「個人レベルでの業務効率化」
多くのビジネスパーソンにとっての第一歩が、このステージです。実際にJIPDEC/ITRの調査によると、生成AIを導入した企業の8割以上が「日常業務の効率化」で効果が出ていると回答しています。特に「メール文や資料作成」「データ入力」「調査」といったタスクでその効果は顕著で、多くの従業員が業務時間の短縮や質の向上といったメリットを実感しています。

【出典】「企業IT利活用動向調査2025」(JIPDEC/ITR 2025年3月14日)
しかし、これはあくまで「個のDX」です。企業側がこの動きを放置すれば、個人の善意の効率化に留まるか、あるいは管理外の「シャドーIT」利用が横行し、企業全体のリスクを増大させる結果に繋がります。重要なのは、この個人レベルの成功体験を、いかに組織の力に変えていくかという視点です。
※「シャドーIT」:従業員が会社の情報システム部門の許可や管理の及ばない形で、デバイス、ソフトウェア、クラウドサービスなどを業務に利用すること。
ステージ2:組織のDX「業界特化のユースケースによる事業変革」
真の価値創出は、このステージから始まります。先進企業は業界特有のコア業務に生成AIを適用し、組織としての競争力を高めています。
- 情報通信業界
NTTコミュニケーションズは20種類のAIエージェントを活用した業界別ソリューションの提供開始を発表。
https://www.ntt.com/about-us/press-releases/news/article/2025/0619.html - 製造業
日立製作所はJR東日本の鉄道運行管理システムに初めてAIエージェントを活用する共同検証に合意したと発表。
https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2025/06/0610a.html - 金融業界
みずほフィナンシャルグループは生成AIの活用をグループ全体で強化しており、専門的なリサーチ業務をAIで効率化・高度化する「みずほDeepResearch」や「〈みずほ〉LLM」の開発など、複数の具体的なプロジェクトを発表。
https://www.mizuho-fg.co.jp/dx/articles/ai-poc-interview/index.html
これらの事例に共通するのは、生成AIを単なる「個人の道具」としてではなく、「ビジネスプロセスを再構築する組織の原動力」として捉えている点です。
ステージ3:未来への布石「次世代AIによるビジネスモデルの再定義」
最前線では、自律的にタスクをこなす「AIエージェント」やテキスト・画像・音声を統合的に扱う「マルチモーダルAI」が実用化フェーズに入っています。これらは競争のルールそのものを変えるポテンシャルを秘めており、組織としてこれらの技術動向を捉え、自社のビジネスモデルをどう変革すべきか、今から布石を打っておく必要があります。
【課題解決】日本企業を阻む
「見えざる壁」とその乗り越え方
では、なぜ多くの日本企業は「個のDX」から「組織のDX」へ進めないのでしょうか。データは、その原因が技術ではなく、より根深い「組織」と「経営」の課題にあることを示しています。
経営と現場の断絶が生む「生成AI活用における最大の壁」
生成AI活用における最大の壁は、技術そのものではなく、経営層のコミットメント不足にもあります。PwCの調査は生成AI活用で大きな成果を上げる「成功企業」の条件を明確に示しています。それは、CEO直轄の強力なリーダーシップ、数億円規模の大胆な投資、そして業務プロセス自体の変革を目指す高い目標設定です。

【出典】「生成AIに関する実態調査2025 春 5カ国比較」p.8 (PwC 2025年6月)
しかし、多くの日本企業では、このトップダウンの戦略的投資が十分に行われていません。特に、成功に不可欠な「人への投資」が見過ごされがちです。その結果が現場の停滞として顕著に表れています。実際、マクロミルの調査はビジネスパーソンが生成AI活用の推進で最大の懸念点として「学習機会の不足」を挙げているという、現場の声を裏付けています。

【出典】「企業での生成AI活用における課題と可能性」【図表2】勤務先が生成AIの活用促進を進めるうえで、個人的な悩み・困りごと (マクロミル 2025年6月13日)
つまり、成功企業が「人」を含めた大規模な先行投資で価値を創造しているのに対し、多くの企業では経営がその投資を怠り、結果として現場が「使い方がわからない」「学ぶ場がない」と不安を感じて活用が進まない。この経営と現場の断絶こそが、企業全体の価値創出を遅らせる負のスパイラルを生み出しているのです。
「個人利用の促進」こそが最大の学習機会
前半で見たように、日本の生成AI活用には「会社全体では成果が出ていないのに、使っている社員個人は便利だと感じている」という不思議なギャップがあると指摘しました。
なぜ、社員個人の「便利だ」という感覚が会社全体の成果に繋がらないのでしょうか。そのヒントは、マクロミルの調査が示す「普段から個人的に生成AIを使っている人ほど、仕事でもうまく活用して満足している」という部分にあります。
これは、会社の研修だけで身につくものではないことをはっきりと示しています。むしろ、自発的に毎日触って、あれこれ試してみる中で身につく「利用慣れ」や「勘どころ」が何よりも大切になります。
そうであれば、企業が本当にすべきことは社員の「便利だ」「面白い」という気持ちを応援し、従業員一人ひとりが安全に生成AIツールを試せる文化や環境を整備することが大事なのではないでしょうか。これがなければ、生成AIはただの「会社から押し付けられた面倒な仕事」になってしまい、社員のやる気も会社としての成果も生まれないのではないかと思われます。
乗り越えるべき具体的な障壁
それでは、これまで見てきた「経営と現場の断絶」や「学習機会の本質」という課題は、具体的にどのような障壁として現場に現れているのでしょうか。主なものを2つ見ていきます。
1. ガバナンスの欠如という名の「丸投げ」
マクロミル調査によると、企業の76%が生成AI推進の担当部署を置いているのに、実際に利用のルールを決めている会社は4社に1社(27%)しかありません。ルールがないままでは、現場の社員は「万が一、問題が起きたら怖い」と生成AIの利用に及び腰になるか、逆に自己判断で危険な使い方をしてしまうかの、どちらかになりがちです。
社員が安心して積極的に生成AIを試せるようにするためには、まず「この範囲なら、失敗を恐れず自由に試して良いですよ」と、試行錯誤を許容する明確なルールを会社が用意することが不可欠です。

【出典】「企業での生成AI活用における課題と可能性」【図表3】勤務先における生成AI活用体制 (マクロミル 2025年6月13日)
2. 現場の不安が生み出す「シャドーIT」
ルールも学習機会も提供されない現場では、意欲ある従業員ほど会社に無断で外部の生成AIツールを使い始める「シャドーIT」に走りがちです。これは個人の探求心を企業が活かせず、リスクだけを抱え込む最悪の状況です。
【総括】データから浮かび上がる
生成AI活用成功の共通パターン
収集した複数の調査データから、生成AI活用で成果を上げる企業と停滞する企業を分ける要因が明確になりました。
パターン1:目的設定の次元
「期待を大きく上回る効果」を挙げた企業は、個人の効率化レベルを超えた事業変革を目指していることが判明。成功企業では「生成AIで自社のビジネスモデルをどう変革するか」という根本的な問いが設定されている。
パターン2:経営と現場の断絶度合い
成功企業には経営直轄の大胆な投資と明確なリーダーシップが共通している一方、4割以上の従業員が「導入状況すら知らない」企業では成果が限定的。この断絶の度合いが成否を大きく左右している。
パターン3:リスク管理のアプローチ
現場が求めているのは「学習機会」と「明確なルール」。推進部署を設置する企業は76%に達するものの実際の利用ルール策定は27%にとどまっており、「禁止」ではなく「安全な活用環境の整備」が成功の分水嶺となっている。
パターン4:個人と組織の成果連動性
個人レベルでの満足度は48%と高い一方、企業レベルでの成功率は13%と低く、この格差が日本企業の課題を象徴している。個人の利用体験を組織の力に変換する仕組みの有無が成功企業と停滞企業を分けている。
成功を導く「両利きの経営」
これらのデータパターンが示す成功の本質は「戦略的なトップダウンの投資」と「現場の自発的探求を支援するボトムアップの仕組み」の両立に尽きます。経営がビジョンとリソースという「駆動力」を与え、現場が試行錯誤の中で「実践知」を生み出す。この両輪が噛み合って初めて、企業は生成AIという強力なエンジンを手にできます。
この両立を実現できるか否かが、企業の成長を、ひいては未来の生き残りを左右する唯一の分岐点であると言えるのではないでしょうか。
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