お互い読者になっている凛太郎様のことばを旅するに触発され、少し紀貫之に関して思索をめぐらせてみました。本稿では、平安時代前期の歌人にして和文表現の先駆者たる紀貫之の文学的位相を、歌学・作歌・散文の三つの軸から丁寧に考察いたします。特に、仮名表記萌芽期における表現革新、勅撰和歌集編纂者としての規範的志向、さらに伝承・古筆断簡を通じた後世への影響について、統合的視座から論じることを目的とします。参考文献としては、水谷隆(2005)、北井佑実子(2012)、佐田公子(2014)、『土佐日記』研究関連論稿(J-STAGE)などを参酌いたしました。
第1節 紀貫之の時代背景と立ち位置
紀貫之(生没年未詳)は、平安前期から中期にかけて活躍した歌人であり、紀氏の系譜に属する宮廷歌人として、和文文化形成期の環境に深く根ざした立場にあったと考えられます。勅撰和歌集『古今和歌集』編纂(延喜5年〈907年〉)に関与したことは通説であり、宮廷歌壇の志向と密接に結びついた時代感覚を保持していました。
当時、漢文・漢詩が知的表現の基盤となる一方、和歌は依然として漢文学的教養の花道として位置づけられていました。そのような文化的状況下で、仮名表記と和歌の関係性が問われ始める揺籃期に、貫之は稀有な存在として立ち現れたと言えます。また、宮廷内外の文化交渉、仏教的影響、儀礼的言語環境が彼の表現選択に影響を与え、単なる「歌人」にとどまらぬ複合的文化表現者としての側面を形成しました。
第2節 歌学・和歌作品論
(1) 歌学的立場と思想的構え
貫之は和歌を単なる詠唱に止めず、歌学的省察を内包する詠み手でした。歌集編集を通じて「型」を創り、後世の歌人に規範的基底を提示しようとする意図を帯びていたと論じられています(「〈型〉を創る力──紀貫之における歌集編纂と作歌」)。すなわち、歌を編むことを通じて規範化を志向し、自らもその規準を体現せんとした可能性があります。
彼の歌学は、既往歌人の伝統に依拠しつつも、抒情性や言語感覚に鋭敏な新機軸を問いかけるものでした。古今歌壇が重んじた「格調」「雅趣」「幽玄」の価値観を踏まえつつ、なお表現革新を試みる姿勢は、彼の作品全体に貫かれています。
(2) 作歌の特色と歌風
貫之の歌風は、「幻視性」「夢幻性」「抒情的錯綜性」と表現されます。特に『古今和歌集』春歌下の落花歌群(115〜118番歌)では、夢と現の境界を揺らがせる詠み口と、仏教的「散華」モチーフの介入が指摘されています(佐田公子、2014)。たとえば117番歌「ゆめのうちにも花ぞちりける」では、夢と現実との縺れを巧みに詠み込み、「散る花」が単なる自然現象以上の意味を持ち得ることを示唆します。
また、抒情主義的感性を通じつつ、無秩序でなく、雅語・比喩・枕詞的語彙を配し、流麗で透明な詠み口を保つ高度な調和を実現しました。この調和が後世歌壇における王朝歌風のひな型となったと考えられます。
第3節 『土佐日記』と和文表現の革新
(1) 記録性と文学性の融和
『土佐日記』は女流日記風の仮名文体で土佐への下向・帰京を記録した作品ですが、単なる旅日記ではなく「私記文学」の先駆として高く評価されます。表面的には旅の記録でありながら、叙述は感情的抑揚を伴い、詩情を帯びています。記録性と文学性が巧みに混交された構造が特徴です。
平仮名表記が広まり始めた時期を背景に、叙述のリズム、錬り、間(ま)、省略性、間接性といった技巧が生かされ、漢文・漢詩の権威的表現に依存しながらも、和文による表現力を担う認識が見て取れます。
(2) 言語意識と仮名表記
仮名表記の揺らぎを先取りし、抒情の細部を描きつつ日常語・口語的語彙を自在に配置することが、『土佐日記』の特色です。さらに読者視点を意識した語りの省略・含み・暗示による展開は、現代読者にも訴える文学的魅力を備えます。
第4節 編歌者・規範者としての役割
(1) 『古今和歌集』編纂と「序」に込めた意図
『古今和歌集』は最初の勅撰和歌集であり、編纂全体・配列・採録歌の選定において編集観念が問われます。貫之は編歌事業に参画し、仮名序を撰び、和文による序文を提示したことが特筆されます。これは、和文・仮名表現を正統な編纂言語として位置づける行為として理解できます。
(2) 規範化・正典化への試み
自らの詠歌を含む採録選者として、後世歌壇の規範形成を志向した可能性があります(「〈型〉を創る力」)。歌を詠むことと編むことが統一的企図となり、編纂による「範型」は後世歌人への言外の規準を示すものでした。
第5節 『貫之集』と伝承・古筆問題
(1) 『貫之集』の成立と諸本
『貫之集』は私家集であり、伝本・残存古筆切(伝寂然筆・村雲切・石山切等)をめぐる研究が進展しています(北井佑実子、2012)。成立時期・写本系統・本文差異は未だ決定的結論を得ず、継続研究が求められます。
(2) 古筆切の意味と芸術性
古筆断簡は、書写者の筆意、装飾性、断簡配列などが絡み、芸術的・伝承史的価値を有します。伝寂然筆とされる断簡では、書風と本文選定の関係を検討する研究もあり、断簡の空白や省略性は編者意図を透視する手がかりとなります。
第6節 総括と今後の課題
紀貫之は歌人でありながら、和文表現の萌芽期にあって抒情感覚と編纂志向を両立させ、和文と和歌の架橋を作品世界に内在させました。詠歌は夢幻性・抒情性・幻視性を帯びつつ秩序を逸さず、王朝歌壇における規範性を有していました。編歌者・規範者として後世歌壇への規準形を志向し、『土佐日記』に見られる自在な語り構造・余白性・記録性と抒情性の融合は、仮名日記・随筆文学の先駆的成果です。
今後の課題としては、古筆断簡間の空白・省略性の研究、他歌人・編者との比較による相対的位相の再構成、デジタル写本比較やテキスト分析による伝承差異の可視化、語用論的分析による語り構造の定量的把握などが挙げられます。これらにより、貫之研究はなお深化し得ると確信いたします。
参考文献(日本文学協会準拠)
・水谷隆(2005)『紀貫之の文芸に関する研究』大阪市立大学リポジトリ.
・北井佑実子(2012)「『貫之集』の基礎的研究」Core学術リポジトリ.
・佐田公子(2014)「春歌下貫之の落花の歌について」J-STAGE.
・ResearchMap(2018)「〈型〉を創る力──紀貫之における歌集編纂と作歌」.
十分に考えを深めることもなく、思うままに筆をとりましたゆえ、もし誤りなどございましたら、どうぞおゆるしくださいませ。
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