こんばんは!
王谷晶の「ババヤガの夜」が課題の書評講座に行ってきました。
このお話はやくざのお屋敷が舞台です。会長の一人娘の内樹尚子(ないきしょうこ)と、彼女のボディーガードを勤めることになった新道依子がヒロインです。尚子は親である会長の敷いたレールに黙々と従って生きるお人形のような美少女、でもお嬢様らしい傲慢さも持っています。一方依子は暴力に魅入られた喧嘩が好きで大柄な、いわば男のような女性。二人は反発しながらも仲良くおしゃべりする間柄になっていきます。
二人は男性に凌辱される危機に遭いますがお互いに助け合う。でも、激しい男性的な暴力にさらされる二人は逃げるしかない。そして戦うしかない。
この作品は、日本人初のダガー賞(英国推理作家協会主催のミステリー界最高峰の賞)受賞で話題になりましたが、日本国内ではそれほど注目されていたわけではないようです。そのことに注目したTさんの書評は、なぜ本作が外国で翻訳作品として評価されたのかを論評した力作でした。ちょっと引用します。
Tさんは受賞理由を英訳してくれました。「マンガ文化、ヤクザ映画、北野武の影響、LCCBTQの要素が融合的な作品」だそうです。なるほど!この評価は納得がいきます。繊細な心情描写も光る抒情的な作品だとは思いましたが、劇画的な誇張した類型的な造形の作品でもあるとは感じます。そういうベタな構造を有しながら、二人の主人公の交流を描いたことにこの作品の価値はあると思いました。
また、Tさんは、英訳も読んだそうで翻訳の巧みさにも触れていました。もう凄すぎる!
さて、私が書いた文章は以下の通り。
純粋な暴力
王谷晶著「ババヤガの夜」(2023/5、河出文庫)
このお話の主人公は二人、対照的なヒロイン像です。
一人目は新道依子、ロシアの混血女性で北海道育ちです。祖父母に育てられた彼女は、祖父から徹底的に「喧嘩」を仕込まれました。武道ではなく喧嘩、純粋な暴力。
「暴力は自由な人間のためのもの。どこにもいない、何にも属していない、祖父や自分のような者のための娯楽」
依子の暴力観です。彼女は祖父母の死後上京します。「新しい暴力を探すため」に。
もう一人のヒロインは内樹尚子。やくざ組織内樹会の会長の一人娘です。両家の子女のように育てられている18歳の短大生。花嫁修業中でそのために必要と思われる習い事を粛々とこなす可憐でお人形のような外見のお嬢様。
依子はその喧嘩の腕前を買われ、尚子のボディーガードとして雇われますが、むりやり会長の邸宅に連れてこられ、脅迫されてこの職に就くことを強制されます。言うことを聞かなければ、この屋敷で飼われている番犬を殺す。犬が大好きな依子は従うしかありませんでした。
尚子の母親は失踪中です。夫で会長の内樹の腹心の部下、マサと駆け落ちしたのです。内樹はその行方を執拗に追っています。みつけたら嬲り殺しにする腹積もりです。拷問が何よりも大好きな残酷な男、尚子の婚約者宇田川に二人を託して。
お嬢様らしい傲慢さで依子に接する尚子に反発心を抱く依子。まるで男のように粗野な依子をいとわしく思う尚子。でもお互いに孤独な境遇で気楽におしゃべりをする同性の友だちもいない。二人は時々喫茶店に行っておしゃべりする間柄になっていきます。
依子は尚子の孤独を悟っています。「お嬢さん、十八かそこらで、なんで、そんなに、悲しそうに笑う」。内樹会の住み込み組員が依子をレイプしようとしたとき、いち早く気が付いたのは尚子でした。その時尚子が言った言葉、「この家に暮らしていると、足音に敏感になるの」。この言葉の真の意味を知った時、依子は決断します。尚子を守る。
二人が常にさらされていたのは、支配と抑圧を目的とする男性的な暴力。有無を言わせず相手を意のままに従わせ、恐怖で抑圧する暴力。
このお話の大きな仕掛けは逃亡劇が二重に存在することにあります。私たちは第一の逃亡劇を読んでいたはずが、実は第二の逃亡劇を読んでいました。そして、純粋な暴力を読むことになります。自分の人生を取り戻す戦いに二人は勝てるでしょうか。

お休みなさい。2025/09/28