蛇という存在は、古来より嫉妬や執着と結びつけられてきた象徴である。聖書におけるエデンの蛇は、イブを誘惑して禁断の実を食べさせ、欲望と羨望を喚起した。ギリシア神話のメデューサは、アテナの嫉妬により蛇の髪を持つ怪物と化した。日本の安珍・清姫伝説でも、裏切られた女が大蛇となって愛する僧を焼き殺す。これらの物語は、蛇を「嫉妬に取り憑かれた女」の象徴として描き出してきた。能の世界でも同様の観念が造形化されている。嫉妬に狂う女を表す能面が「般若」である。般若は角と牙を持ち、鬼女の相貌を示すが、その根底には愛と執着が裏返った嫉妬心がある。『道成寺』に登場する清姫は、愛の裏切りにより大蛇へと変化するが、その姿を可視化するために般若面が用いられる。ここでは蛇と般若とが重なり合い、嫉妬の女の象徴として互いに補完し合っている。能面の表情には独特の両義性がある。光の当たり方や首の角度によって、般若面は怒りに満ちた表情にも、深い悲しみに沈んだ顔にも見える。この曖昧さは、嫉妬という感情が持つ二重性をよく表している。嫉妬は相手を憎む感情であると同時に、強烈な愛着の裏返しでもある。蛇が「生命と死」「毒と薬」「破壊と再生」という両義的な象徴性を担うのと同じく、般若面もまた「怒りと悲しみ」「愛と憎しみ」という両義性を表すのである。したがって、蛇と能面はともに、嫉妬心を人間の外に投影する文化的装置であると言える。蛇の冷たい鱗や蠢く舌先に嫉妬の性質を重ねるのと同様に、般若面の歪んだ顔貌に嫉妬の感情を可視化してきた。両者は異なる文化圏で生まれた表象でありながら、人間が嫉妬という情念を理解しようとする過程において、きわめて近い役割を担ってきたのである。精神分析的にみると、蛇は死の象徴であり、人間の無意識から生まれる蛇のイメージ(夢など)は、死の兆候であることも事実ある。女の嫉妬は、男の遺伝子を獲得しようとする欲望(独占欲)と結びついており、出生と死に向かう黙々的な意識(?)が結びついているということを示しているのではないだろうか?
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「嫉妬」と「死」の関係。ヘビを恐れる反出生主義者 - 弱化ロープ
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