福祉の機能不全を憂う
――「同行援護」をめぐる現状と課題
京都で視覚障害のある方の「同行援護」を依頼できるヘルパーステーションを探していたところ、現実の壁に突き当たりました。問い合わせをしても「現在はいっぱいで受け入れが難しい」と断られるか、あるいは「対応は可能だが、他の事業所も探してほしい」と自信なさげに返答されることが多かったのです。表向きには制度が整っているように見えても、実際の現場は人材不足や専門性の壁に直面していることを実感しました。
「同行援護」とは何か
同行援護とは、視覚に障害がある人が安全に外出できるよう、資格を持つヘルパーが移動の介助や情報提供を行う支援サービスです。この制度を利用するには、「同行援護従業者養成研修」を修了したヘルパーが必要です。単に身体的に介助するだけではなく、周囲の状況を的確に言葉で伝えたり、危険を回避しながら移動をサポートする高度なスキルが求められます。
しかし、現場で難しさが増しているのは「視覚障害だけ」ではなく、加齢に伴う認知症や他の疾患を併発するケースが増えていることです。認知症の症状が加わると、介助中に混乱や不安が生じやすく、想定外の対応が必要となる場面が多くなります。その結果、「対応が難しい」と躊躇するヘルパーが出てしまうのです。
日本は世界でも例を見ない速度で高齢化が進んでおり、2025年には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となります。厚生労働省の統計によると、2023年時点で65歳以上の人口は約3,600万人を超え、全人口の29%を占めています。その中には視覚障害を抱える高齢者も多く、視覚障害者数は全国で推計31万人(身体障害者手帳所持者ベース)にのぼります。
高齢化により、視覚障害だけでなく認知症や糖尿病などの合併症を持つ人が増えることは必然です。認知症の人は2025年には約700万人に達すると見込まれており、視覚障害と認知症の二重課題を抱える人が増加することは想像に難くありません。
人材不足という最大の課題
制度上は「同行援護」という仕組みがあり、利用者もサービスを希望しています。しかし、実際にはそのニーズに応えられるヘルパーが不足しています。
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専門研修を受ける人が限られている
同行援護従業者養成研修は数日間のカリキュラムですが、一般の訪問介護員研修とは異なり専門性が高く、受講希望者が限られています。結果として、資格を持つヘルパーが慢性的に不足しています。
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多様な障害に対応できる体制不足
視覚障害に加えて認知症、聴覚障害、精神疾患などを併発する人もいます。ところが現行の研修制度では、こうした複合的な支援ニーズへの対応が十分に網羅されていません。
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人材の定着が難しい
介護職全体に言えることですが、低賃金・過重労働のため離職率が高く、せっかく養成した人材が長く続けられない状況があります。
具体的な事例
例えば、京都市内のある70代男性は全盲でありながら軽度の認知症を抱えています。外出支援を希望したものの、ヘルパーが確保できず、結局は自宅にこもりがちになってしまいました。その結果、身体機能の低下や社会的孤立が進行し、生活の質が大きく低下しました。
また、別のケースでは、同行援護を利用できても「週1回・数時間」にとどまり、買い物や通院以外の外出が制限されてしまっています。支援者不足が、利用者の生活の自由を直接奪っているのです。
福祉システムの「機能不全」
制度が存在しても、それを担う人材が不足すれば機能しません。まさに今、福祉の現場はその危機に直面しています。相談支援事業所にどれだけ案件が持ち込まれても、受け入れるヘルパーの余裕がなければ、絵に描いた餅に終わってしまいます。
解決への道筋
では、どうすればこの機能不全を乗り越えられるのでしょうか。
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研修制度の見直しと拡充
従来の視覚障害支援だけでなく、認知症や複合障害に対応できるよう研修カリキュラムを広げる必要があります。
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人材確保のための処遇改善
同行援護は高度なスキルを必要とする仕事です。適切な賃金水準を保障し、人材が定着できる仕組みが不可欠です。
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地域全体での支援ネットワーク構築
一つの事業所だけに負担を集中させるのではなく、地域全体で連携し、柔軟に人材をシェアできる体制を整えることも重要です。
おわりに
「同行援護」は視覚障害者が自立して社会参加するために不可欠な制度です。しかし、現場での人材不足や専門性の壁によって、本来の機能を十分に発揮できていません。高齢化が進むこれからの社会において、複合的なニーズに応えられる支援体制を整えなければ、福祉の仕組みそのものが機能不全に陥ります。
福祉は制度だけで成り立つものではなく、それを支える「人」の存在によって初めて動き出します。その現実を直視し、今こそ人材育成と処遇改善に本気で取り組む必要があります。