「いつまでやってるんだよ」
時間に遅れているわけではない。せっかちな彼が、自分が先に用意ができたからといって、そう言うのである。
「もう少し待ってよ、これじゃ出掛けられないわ」
男は呆れたように、車で待つと言って先に出たが、口紅ひとつで世界が変わることを知っている女は、気に留めず化粧を続けた。
「そのまま」ではいけないのである。あるものを隠し、ないものを浮き出たせ、わたしの心と身体が一致する、「ちょうど」を化粧で創らなければならないのだ。「素顔が好きだ」、という彼の言葉は信じていない。
「お待たせ」
不機嫌な男を横に、女はその空と同じ、晴れやかな気持ちで助手席に座った。