努力無双の転生エクソシスト

ファンタスティック小説家

第一章 狂気の鍛錬家

第1話 捨てる神あれば拾う神あり

 気がついた時にはボディビルダーになっていた。


 俺の人生における普遍的なテーマ。

 本能と理性はどちらが強いのか。

 肉体と精神の限界、それはどこにあるのか。


 それを追求するための手段がトレーニングだった。


 身体を鍛え続けた。日本大会を制覇した。

 次は世界大会への挑戦だ。

 モチベーションを新たにした27歳の夜。

 俺は刺されてしまった。


「あぁ、はう、はう、ぁあぁ……」

「バカにしやがって、俺のこと舐めた目で見やがって! ぶっ殺してやった! ははは! その気になればな、俺は総理大臣だって、大統領だって、マッチョだってぶっ殺せるんだよ゛ッ!!」


 ジムの帰り道、足トレで追い込み過ぎて生まれたての小鹿みたいな歩き方をしていると、たまたま彼と目があった。雰囲気から感じるものがあったので、刺激しないように目を逸らした。そしたらこれ。無敵の人ってやつだ。理不尽にもほどがある。


「は、ぁぁ、ぁあぁ」


 悔しい。悲しい。無念だ。

 肉体の限界を超え続けた先で手に入れたこの筋肉でさえ、ステンレス製の刃渡り15cmには勝てない。一撃で終わり。刃物強すぎ。ナーフしろ。


「いま救急車を呼びました!」

「ぁぁ、うぅぅ! はぁ、はぁ、どう、も、ありがとうございま、す……でも、もう死ぬから、銀行口座の暗証番号を教えます、好きにしてください……」

「え!? ちょっと! あの! なんでいきなり!?」

「恩返しは、する……それが、俺の、流儀だから、ですよ……」


 俺の意識が薄れ始めた。たまたま死にかけのマッチョを見つけて親切にしてくれた女の子へ、ギリギリ恩返しっぽいことも言えたし悔いはない。


 来世はきっと刃物に勝とう。

 新しい目標を持ちつつ俺は暗闇に沈んだ。



 ────



 目が覚めると雨音に包まれていた。

 遠くで雷の音も聞こえる。

 俺の視界は真っ暗だ。

 

 おかしな感覚だった。

 終わったはずなのに。

 続いている。


 これは一体どういうことなのか。

 

 がさごそ。

 暗闇が開かれた。

 雨が顔面を襲ってくる。

 けっこうな勢いだ。


「また霊傷を負った子供だわ」

「こんなちいさい子を置いていくなんて。ひどい」


 老婆と若い女性が俺を見下ろしている。

 なんかスケールがおかしい。

 俺ちいさすぎね。この画角。

 

「ばばぶぅ……ばぶ?」

「さあ行きましょう、ここは寒いでしょう」

「すぐに温かい場所に連れていってあげるからね」


 これが俺の二度目の人生、最初の記憶だ。

 状況を正確に理解するのに時間がかかった。

 

 輪廻転生、生まれ変わり──そんな奇跡は起こらない。そう思っていたのだから。



 ~7日後~



 奇跡を受け入れてからは、目と耳を使って拾える情報の収集に励んだ。

 俺の実家はかなりお金持ちの家っぽかった。なにせメイド服を着込んだ本物の使用人がいるのだから。少し記憶のなかの使用人的装いとは違うが、女性ばかりで、黒と白色の布地をまとっているのでメイドであるとわかる。


 皆さん、日本語を話している。なので地理は恐らく日本だとわかる。


 気になることはいろいろある。


 まず周囲で子供のはしゃぐ声が聞こえてくること。兄弟にしては数が多すぎる。たくさん子供がいるお家もあるにしてもだ。


 それとたびたび遠くからオルガンの音色が聞こえてくる。パイプオルガンっていうやつだ。それにあわせて歌を歌う声も。近くに教会でもあるのかもしれない。


 あとは親の姿が見えないことも気になる。

 俺のお世話をしてくれる方々は、メイドさんばかり。抱っこされたり、ミルクをもらったり。いかがわしいプレイをしているみたいで後ろめたい気持ちになってばかりだ。


 メイドさんが嫌というわけではないが……精神年齢がこのちいさな体に引っ張られてるようなので、パパママがいない寂しさには抗えない。


 両親の姿が見えない可能性として思いついたのは、メイドの誰かが俺の親であることだ。あるいはメイドを雇うような大富豪の家なので、当主様とご婦人は世界的な事業をまわすので忙しいとか。


 赤子の一日には危険なイベントがよく起こる。


 まず尿意と便意。危険だ。極めて。これらを催した時は、挙手してトイレに行きたい旨を主張する。だけど、伝わらないので現状は漏らすしかない。屈辱だ。

 俺の揺り籠にガキどもが近づいてくることも多い。極めて危険だ。俺を抱っこしようとするからだ。そういう場合は「がるるるる!!」と威嚇して追い払う。だって嫌だろう。子供に持たれるの。落とされたりしたら怪我しちゃうよ。


(なんでこんな子供いるんだ? もしかしてここって保育園とか? いや、でも、何日も保育園預けないよなぁ、メイドさんも保育園にはいないだろうし……)


 様々な危険イベントを退けながら日々は過ぎる。

 やがて俺は真実にたどり着けた。


 両親がいない理由、メイドさんにお世話されている理由。

 やたらと子供がたくさんいる理由。


 俺が過ごしている場所は孤児院だった。


 孤児院。

 それは親のいない子供の場所だ。

 ちなみに俺がメイドさんだと思っていた黒と白の服装の女性たちは、恐らくシスターだ。黒と白のテーマカラーを持ってはいるが、ちょっと違うとは思っていたんだ。


 つまるところ、そういうことだ。

 あの雨の日、俺は両親に捨てられたのだ。

 俺は望まれない子だったらしい。


「あう」


 事実を知ってから流石に落ち込んだ。

 両親のいない寂しさは、0歳には堪えた。



 ~1年後~


 

 両親に捨てられ、胸にポッカリと穴が空いたような気がしつつも、俺の人生は止まることなく前に進み続けた。


 俺は相変わらず『赤井孤児院』で収容生活を送っている。外に出る機会はほとんどないので収容生活と呼んでいる。

 

 とはいえ、監禁されているわけではない。

 たまにシスターたちがお散歩のために連れ出してくれる。

 季節の変化を感じたり、動植物を観察したりなどなど。

 

 最も面白い発見は、孤児院の隣に超デカいお屋敷があることだ。


 耳に入ってくる情報のピースをパズルのように組み合わせていくと、その屋敷こそが我らが恩人であり孤児院にも名がついている『赤井家』のお屋敷だとわかった。


 捨てる神あれば拾う神あり。

 赤井家は俺の恩人だ。


 この恩は必ず返そう。

 そう誓い俺は自分にできることを探し始めた。


 もっともこれは俺のためでもある。

 赤ん坊というのは暇すぎて辛いのだ。

 人間は時間を無駄にすることや、暇こそ最もつらく感じる生き物と前世で聞いたことがあった。そのため俺は動機と目的を欲していた。


 1歳の誕生日。

 取り組みに飢えていた俺は……。

 ──気づけば筋力トレーニングを始めていた。


「こら、威嚇いかく、降りなさい!」

「院長ぉ! 威嚇が鉄棒で懸垂してます!」

「そんなわけないでしょ。まだあの子は1歳になったばかり──えええええ!? なんて綺麗な懸垂フォーム!? しっかり背中に効かせている!?」


 ちなみに威嚇いかくは俺の名前である。子供たちに抱っこされないために、いつも威嚇ばかりしているので威嚇と呼ばれている。


 もうちょっとシスターと院長には考えて欲しかったが、実はそこそこ気に入っている。なぜなら強そうだから。威嚇。漢字もカッコいいよな。

 

 さて、なぜ恩返しで筋トレを始めたのか。

 脳みそまで筋肉で出来ているせいと思うことなかれ。


 理由はもちろんある。

 身体は資本という言葉があるだろう。

 逆説的に言えば資本は身体ということになる。


 であるならば、肉体を鍛えると資本価値が高まるということ。

 孤児として拾った子の資本価値が高まる。

 さすれば「育ててよかった」と思ってもらえる。


 これこそが俺ができる赤井家への恩返しそのものだ。

 俺はトレーニングを通して資本を蓄えているのである。

 

 それにシンプルに楽しみだ。


 無念と悔しさ、道半ばで潰えた前世。二度目のチャンスがあるのなら、今度はもっと高みに行ってみたい。それが人情。知識も技術もある。それを0歳から生かせる。肉体と精神の限界を突き詰めた先、一体どんな景色が待っているのだろうか。


「ん?」


 視界がぼやけながらも懸垂した末。

 腕に力が入らなくなった。

 体が重力に従って落ちる。


 院長やシスターたちが悲鳴をあげて地面に落下しそうな俺を掴む。まるでバレーボール選手がコート際ギリギリの球をレシーブするみたいに。


 俺はそんな大惨事をすこし離れたところから見ていた。

 我がちいさな身体も、鬼の形相のシスターも院長も見える。


「……え?」


 どういうことだろう。

 説明求む。誰か助けて。

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