全国の中高生がRubyで作ったゲームやアプリを応募し、技術と発想を競い合う「中高生国際Rubyプログラミングコンテスト」。初回は29件だった応募数は、14年を経て昨年は137件にまで成長しました。
しかし、運営を担ってきた「まちづくり三鷹」による継続が困難となり、今年の開催が危ぶまれていました。そこで、プログラミング教育の普及活動に携わってきた鳥井雪さんが「伝統を絶やしてはならない」と運営を引き継ぎ、実行委員 兼 審査員として活動を牽引しています。
本記事では、鳥井さんに加え、Rubyの生みの親であるまつもとゆきひろさん、そしてRubyコミッターの笹田耕一さんにインタビュー。コンテスト再起動の経緯と今後の展望を伺いました。
* … 取材はリモートにて実施しました。
キャリアの入り口、そして作品の進化。コンテスト14年の歩み
――まつもとさんと笹田さんは、コンテストの第1回から、長年にわたり審査員を務めてこられました。このコンテストが果たしてきた役割や価値についてお聞きしたいです。
まつもと:過去の受賞者の中には、ソフトウェア開発のキャリアに進んだ方や、若いうちから起業した人もいます。おそらく学生のみなさんにとって、自信を持って何かに挑戦するきっかけになっているんじゃないでしょうか。
笹田:実際に、このコンテストに応募したことをきっかけにプログラミングにのめり込み、今も続けているという声をよく聞きます。
また、これを機にRubyのコミュニティ活動に関わってくださった方もいます。Rubyというプログラミング言語を知ってもらうことや、Rubyのコミュニティを活性化するという観点でも、貴重なコンテストだと思っていますね。

――コンテストはこれまでに全14回開催されました。作品の技術レベルやテーマには、どのような変化がありましたか?
まつもと:技術レベルは確実に上がってきています。やはり、過去の作品を参考にして、後輩世代の参加者はよりレベルの高いものを作っていますよね。コンテストに毎年応募している学校もあるようで、先輩の作品を見て参考にしたり、ソースコードを受け継いだりしているようです。
笹田:コンテストの募集区分は、初期の頃は「ゲーム部門」だけでした。ですが、ある時期から「ゲーム部門」と「Webアプリ・IoT部門」に分かれました。Rubyの主戦場はやはりWebアプリですし、まつもとさんが開発しているmrubyはIoT領域で活用されています。それらの部門を設けたことで幅広い作品を扱えるようになり、応募数も増えました。
子どもたちの挑戦の場を守るために「続ける」と決めた
――鳥井さんは先日、「中高生Rubyプログラミングコンテストを続けます&協賛のお願い」というnoteの記事を公開されていました。運営を引き継ぐ旨を書かれていましたが、この決断に至った経緯についてお聞かせいただけますか?
鳥井:ここ数年、実行委員や二次審査の審査員としてコンテストに関わっていたのですが、ある日、実行委員会で「継続が難しい」という結論が出ました。それを聞いたとき、私が真っ先に考えたのは「応募しようと思っていた子たちは、どうするんだろう?」ということでした。このコンテストは子どもたちにとってRubyに触れる貴重な機会ですし、ハイレベルすぎず、“ちょうどいい”挑戦の場なんですよ。
それに、14年続けてきたことでコンテストへの信頼も少しずつ積み上がってきました。そういう信頼って、一度失うと取り戻せないんですよね。だったら、無に帰すより続けよう、と考えて運営を引き継ぐことにしました。

――続けると決めた後、関係各所にはどのように話をされたのでしょうか?
鳥井:まず、これまでコンテストを支えてくださった「まちづくり三鷹」さんに感謝を伝えたうえで、今後について相談しました。そして、長く審査員を務めてくださっている方々には「引き続きお願いできますか?」とお願いしましたね。
まつもと:最初に「継続が難しい」という話を聞いたとき、私も「もったいないな」と思ったんですよ。だからこそ、鳥井さんが声を上げてくれたことに対して、「私にできることがあれば、ぜひ」とお返事しました。
笹田:鳥井は私の妻なので家庭内での話になるんですが、継続が難しくなったことを受けて「どうしようか」と一緒に話していたんです。すると鳥井さんが「私がやる!」と言い出しました。もちろん賛成でしたし、ならば私もできることを手伝おうと思いましたね。
鳥井:「私がやる!」じゃなくて「やっていい?」だった。もっと謙虚な感じだったよ。
新体制で広がる可能性。部門拡大や男女比の改善も視野に
――ご家庭での雰囲気が伝わってきます(笑)。運営を続けるにあたり、一番の課題が資金面だと伺いました。具体的には、何にお金が必要なのでしょうか?
鳥井:いろいろありますが、一番大きいのは最終審査会ですね。会場費や参加者に配布するノベルティ、最終審査会に参加する学生や審査員の宿泊費・交通費がかかります。それ以外にも、チラシやポスターの制作・配布、配信費用などもあります。
細かい出費はもっといろいろあって、たとえば関わってくださる委員会の方々にもできればお礼を出したいです。会場費についても「まちづくり三鷹」さんのご厚意で安く借りられていますが、ずっと甘え続けるのも申し訳ないという気持ちがあります。
お金以外では、人手も足りていません。有志による運営なので、みんな本業をこなしながらコンテストに関わることになります。協力してくださる企業や人が多ければ多いほど助かりますね。
――運営にあたり、守り続けたい「コンテストの魂」のような要素はありますか?
鳥井:Rubyの良さや楽しさを知ってほしいことと、その後の進路でコンピューター分野に進むきっかけになってほしいことです。できれば、中高生のうちにプログラミングの楽しさを知って、大学でより深く学べたほうが、キャリアのためにもなると思うんですよ。
――笹田さんはまさに、大学院でRubyの研究*をされたことが、現在のキャリアにもつながっていますよね。
*…笹田さんは大学院時代、Rubyの仮想マシン(YARV: Yet Another Ruby VM)に関する研究を行っていました。
笹田:そうですね。私のキャリアは学生時代の研究と地続きになっていて、今もフルタイムでRubyの改善に取り組んでいます。ただ、私が中高生の頃は学生が参加できるコンテストがあまりなくて、自分一人でやっていました。だから、仲間と一緒に目標を持って取り組めるコンテストがあるのは、学生の人生においてもすごく意義があると思います。

――新しい運営体制になったからこそ、変えていきたいことはありますか?
鳥井:現在は募集区分が「ゲーム部門」と「Webアプリ・IoT部門」ですが、将来的には他の部門も設けられたらいいなと思っています。プログラミングにはもっといろんな可能性がありますから、学生たちのチャレンジの幅を広げたいです。
それから、今年の開催に間に合うかわからないですが、倫理ガイドラインを導入したいです。作り手の倫理が強く問われる時代になっていますから、学生のうちに「作品を外に出すこと」「テクノロジーを使うこと」の意味や責任を感じる機会にしてほしいんですよね。あと、男女比も気になっていて、より多様な人に応募してもらえるよう見せ方や文言を工夫したいです。
――男女比といえば、今年は審査員に塩井美咲さんが加わっていますよね。
鳥井:はい。今回から笹田さんが実行委員を担うことになり、審査員からは外れました。そこで1人補充したいと思い、ジェンダーバランスの改善も意識して、今年は最終審査員に塩井さんに加わっていただくことにしました。
塩井さんはこれまでのキャリアで「挑戦し、実績を出す」ことをすでに体現されています。その姿を学生に見せてほしいと思い、お願いしました。
支援が未来を育て、挑戦が人生を変える
――記事の読者に向けて、コンテストを支援する意義についてお話しいただけますか?
鳥井:前提として、Rubyというプログラミング言語は有志が作ってきたものです。みんなが「Rubyを良くしよう」と思って行動してきたからこそ、この言語やコミュニティが豊かになってきました。その豊かさを枯らさないためにはいろいろなアプローチがありますが、そのひとつが若い世代を育てていくことです。
長い目で見れば、Rubyのコミュニティ全体を活性化させる、とても有益な投資だと思っています。その貢献は必ず、Rubyやコミュニティの未来を守ることにつながるはずです。お金を出すだけではなく、隙間時間で作業を手伝っていただくなど、いろんな形で協力できますので、ぜひお声がけください。
笹田:鳥井さんが話したように、今年はお金や人手が足りていません。そのため、とにかく「小規模でいいから、開催すること」を最優先にしています。ただ、内容を充実できるならもちろんそのほうが良いので、何かしらの形でご支援をいただけるとうれしいです。
一次審査や二次審査を手伝っていただくのも助かりますし、教育に関心があれば運営に加わっていただくのも歓迎です。そして何より、興味を持っていただくことが一番大事です。過去のコンテストを調べていただいたり、今回の最終審査会をご覧いただくだけでも、とてもありがたいです。
――最後に、コンテストに応募しようと考えている学生の方々に向けて、エールをお願いします。
まつもと:このコンテストに集まるゲーム作品は、比較的シンプルな内容で、言うなればレトロゲームに近いかもしれません。ですが、そのシンプルさこそが、個人が考えたルールやアイデアを自分の手で実現できるという、挑戦のしやすさに繋がっています。WebアプリやIoTもそうです。審査員の多くも「自分のアイデアを形にする」という体験を経て成長してきました。だからこそ、今の10代のみなさんにも、ぜひこの経験をしてほしいです。
それに、やはり良い登竜門なんですよ。最近は若者向けコンテストのレベルが妙に高くなっていますが、この「中高生Rubyプログラミングコンテスト」はちょうどいいレベル感で挑戦できます。だからこそ、参加して、自分の成果を世に問うてほしい。それがきっと、今後の人生にもプラスになるはずです。
笹田:とにかく楽しんでほしいですね。今は世の中に娯楽があふれているので、その中でプログラミングを選ぶ人は少ないかもしれません。Rubyを選ぶ人はさらにレアですよね。でも「プログラミングで動くものを作るのは楽しい」という体験は、いつの時代も普遍的だと思っています。その楽しさを、ぜひ味わってもらいたいです。
鳥井:コンテストに作品を出すためには、完成させる必要があります。自分の力で最後まで作りきるというのは、きっと大変なこともあるはずです。でも、その過程の大変さも含めて楽しんでもらえたら、必ず素晴らしい経験になると思います。
取材・執筆:中薗昴