「こんなソフトウェアがあったらいいな」。そうした思いを胸に個人開発を始めたものの、時間が限られ、モチベーションも次第に下がり、制作が頓挫した――。そんな経験のある方も多いのではないでしょうか。
今回ご紹介するのは、その「継続の壁」を乗り越え、自らの「好き」を形にした開発者・frenchbreadさんの物語です。彼が手がけた8ビット風ドット絵RPG『Dungeon Antiqua』は、ゲームプラットフォーム「Steam」で2万本近くを売り上げるヒットを記録しました。
『ファイナルファンタジー』と『ウィザードリィ』の“いいとこ取り”というコンセプトを掲げた本作。本業の合間に、1日平均1時間の作業をこつこつと継続して完成させました。一体どのようにしてアイデアを形にし、燃え尽きることなく走り続けたのでしょうか。 本記事では、その思考と行動に迫ります。
「既存の作品を、こう変えてみたい」がアイデアの種になる
――frenchbreadさんは、いつ頃からゲーム制作を始められたのですか?
小学生の頃、「パソコンでプログラムを書けばゲームを作れるらしい」と知ったことがきっかけです。父に無理を言ってパソコンを買ってもらい、BASICで簡単なゲームを作っては、友人に遊んでもらっていました。
当時は、ファミリーコンピュータ後期からスーパーファミコンに移り変わる時期で、『ドラゴンクエストIV』や『ファイナルファンタジーIII』が発売された時期です。私が作るRPGは、この時代の影響を強く受けています。
その後もしばらくはゲームを作り続けていましたが、ある時期に中断しました。それから15年以上のブランクを経て、2022年に趣味で再開しました。レトロゲームエンジン「Pyxel」という便利なツールがあったおかげで、手を出しやすかったんです。
――ゲームのアイデアを考える際のセオリーはありますか?
私は今でも、レトロゲームでよく遊んでいます。そして、『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』などをプレイしていると、「もし自分が好きなように作れるなら、ここはこうしたい」という気持ちを抱くんですよ。そのアイデアがベースになっています。
――制作された『Dungeon Antiqua』は、過去のRPG作品を踏まえて、どのような要素を取り入れたのでしょうか?
『Dungeon Antiqua』は、大きく分けて『ウィザードリィ』と『ファイナルファンタジー』という2つのゲームをベースにしています。それぞれ名作であり、よい点があります。
『ウィザードリィ』は無駄が削ぎ落とされたゲームで、特に初期の作品は戦闘シーンがとてもシンプルです。白黒の画面にモンスターのグラフィックが1つ表示されるだけで、効果音や画面のフラッシュといった演出も一切ありません。
ゲーム自体も、ストーリーや会話が中心ではなく、基本的にはひたすらダンジョンに潜り、敵を倒して宝物を手に入れて戻ってくる、というサイクルの繰り返しです。プレイヤーをゲームプレイに心地よく集中させてくれます。
一方、『ファイナルファンタジー』の魅力は作品のリッチさです。特に『ファイナルファンタジーIII』が出た頃は、ファミリーコンピュータの性能を最大限に引き出した表現に、「こんなにすごいものを自宅で遊べるのか」と感動しました。
よく練られたストーリーや、それと美しく調和する音楽、ユーザーを惹きつけるゲームシステムが素晴らしかった。『ウィザードリィ』とは違う魅力ですが、それはそれでよいと感じていました。

そこで『Dungeon Antiqua』では、両作品の“いいとこ取り”をしようと考えました。『ウィザードリィ』と同様に、街を歩き回って人々に話を聞くといったステップを省略し、ダンジョン探索に集中できるようにしました。ユーザーに回り道をさせず、プレイのコアな部分に専念させる点は、『ウィザードリィ』の影響を強く受けています。
ただ、『ウィザードリィ』はゲームとして非常に面白い反面、見た目があまりにも硬派で、プレイヤーを選ぶ側面があると感じていました。そこで、サイドビューバトルに代表される見た目の快適さや、操作しやすいゲームシステムなどの要素は『ファイナルファンタジー』から取り入れ、この2作品のエッセンスを融合させたんです。
制作過程を投稿。SNSを有効活用し、モチベーションを上げる
――開発過程で、実装を検討したけれど採用しなかった要素や、逆に後から追加した要素などはありますか?
後から追加した要素としては、細かな機能改善や操作性の向上が挙げられます。ゲームのリリース後に、SNSや「Steam」のレビューでいただいたご意見を反映しました。自分では気づかなかった点や、純粋に「おっしゃる通りだ」と思えたものを実装していきました。
逆に、ご提案をいただいたものの「ここは譲れない」と実装しなかった部分もあります。『ウィザードリィ』のようなゲームは、どこまでもダンジョンの奥深くへ潜り、キャラクターを際限なく強化することを楽しむプレイヤーもいます。「長く遊べるほどよい」という考え方です。
そのため、「『Dungeon Antiqua』のダンジョンを無限に潜れるようにしてほしい」といったご意見も寄せられました。ですが、『Dungeon Antiqua』はテンポよく短時間でゲーム体験を完結させたいという思いがあり、実装を見送りました。
――なぜでしょうか?
現代のユーザーは、スマートフォンなどの快適な操作に慣れています。そのため、ゲームのテンポが悪いと、途中で飽きて離脱してしまう可能性があります。
また、先ほどの「ゲームのよい点と不満だった点」という話にもつながりますが、歴史の長いRPG作品はシリーズを重ねるごとに大作化しています。いわゆる“早解き”を目指さない限り、クリアに何十時間もかかることもある。私たちの世代になると、1つのゲームを長時間遊ぶのは時間的・体力的に厳しくなります。
ならば、「重要な作品を長く楽しみたい」という方には、大手デベロッパーが作る最新作をフルプライスで遊んでいただければいい。本作のようなインディーゲームは、数百程度の価格で、プレイ時間も数時間あれば十分楽しめるようなコンパクトさに特化する方がよいと判断しました。
――作品の強みを明確化し、大手デベロッパーとの差別化を図ったわけですね。本作の開発には長い期間がかかったと思いますが、モチベーションを維持するために工夫されたことはありますか?
取り立てて特別な工夫はしていませんが、SNSをよく活用しました。作成途中のゲーム画面を投稿して、「これを作っています」と宣言するんですよ。
投稿を見ている方にとっては、数ある投稿の1つでしかなく、興味本位で「いいね」やコメントをする程度かもしれません。ですが、作り手としては「宣言したし、反応してくれた人もいるから、最後までやり遂げないとな」と健全なプレッシャーがかかります。さらに「○月にリリースします」と書けば、目標の期日に向けて頑張ろうという気持ちになりますよね。
『Dungeon Antiqua』の場合、2024年10月にリリースしましたが、ダンジョンの自動生成の仕組みなどの検証は、その年の1~2月頃から始めていました。そして、構想の実現に手応えを得た4月頃から、実際のゲーム画面を投稿し、「開発しています」と宣言した、という流れです。
▲『Dungeon Antiqua』の制作を宣言した投稿。SNSのユーザーから多くの「いいね」やコメントが寄せられたWiz1リマスターきましたねー!
— frenchbread(ふれんち) (@frenchbread1222) 2024年4月25日
自分はFinardryのシステム:2Dマップ+初期FF風UIをベースにしたオリジナル作品を作ろうと思います
シナリオは某作のオマージュ(まんまではない)、ダンジョンは半自動生成
とりあえずオープニングデモ作りました
後半に出てくるロゴはマリヒコ@marihico さん作です⚔️ pic.twitter.com/j1s8Gpwu45
――他の方々からの声は、開発を続けるうえでプラスになりましたか?
はい、非常に励みになりました。正直なところ、もし全く反応がなかったら、開発をひっそり中止していたかもしれません。
――やはり、SNSで「面白そうだ」「古き良き時代のゲームのようで好きだ」といった声があったからこそ、やり遂げられたのですね。
そうなんです。嬉しいことに、自分の想像以上にそうした声をいただいたので、「これはますます、しっかり作らなければ」と強く思いました。

無理は禁物。作品の“サグラダ・ファミリア化”を避ける
――ゲーム開発には、1日あたりどのくらいの時間を費やしていましたか?
平均すると、1日1時間ほどでしょうか。もちろん、リリース直前などデバッグで追い込みをかけなければならない時期には、1日に6時間ほど作業することもありました。
――限られた時間で成果を出すために、意識されていたことはありますか?
私は事業を法人化しており、受託開発と自社開発の両方を手がけています。自分の時間や体力は有限なので、本業の受託の仕事を増やしすぎないようにしていました。
場合によっては「今は忙しいため、これ以上はお引き受けできません」とお断りしたり、納期を調整していただいたりして、ゲーム開発に充てる時間を確保してきました。長く続けるためには、無理は禁物です。一度燃え尽きてしまうと回復が難しくなるため、持続可能なバランスを常に意識しています。
――個人でゲームを制作している方が、途中で燃え尽きてしまうケースは多いのでしょうか?
よく見かけますね。理由はさまざまですが、たとえば無理に頑張りすぎてしまうパターンです。他にも、家庭の事情や本業の多忙など、想定外の出来事で制作が中断し、そのまま復帰する意欲がなくなるケースもあります。
また、個人開発はやろうと思えばいくらでも機能を拡張できてしまいます。その結果、「これもやりたい、あれもやりたい」と手を広げすぎ、永遠に完成しない“サグラダ・ファミリア”状態になることもあります。
――ゲームを完成できるボリュームに収めることも重要なのですね。
はい。むしろ、私の場合はそれを最も重視しているかもしれません。開発の初期段階で「ここまで作る」という全体のボリュームを決めています。大作を目指すのではなく、小規模でもよいので完成させることが大切です。
――作品作りにおいて大事な考え方ですね。現在、続編である『Dungeon Antiqua 2』を制作中と伺っています。次回作はどのようなゲームになるのでしょうか?
前作『Dungeon Antiqua』は、先ほどお話ししたように、見た目は『ファイナルファンタジー』風で、中身は『ウィザードリィ』でした。『Dungeon Antiqua 2』では、よりカジュアルで、スーパーファミコン時代のRPGに近いテイストへシフトしています。より幅広い層に楽しんでもらいたいという考えからです。当時『ファイナルファンタジーV』などを遊んでいた方々が、快適に楽しめる方向性で制作を進めています。


――『Dungeon Antiqua 2』のリリースが楽しみです! 最後に、個人開発に取り組む方へのメッセージをお願いします。
今回、このような場をいただき語らせていただいたのですが、実際には「好きなことを地道にやり続けた結果、幸運も重なり、たまたま商用レベルにまで発展した」に過ぎないと思っています。ですので、強いて言うのであれば、必ずしも「ビジネス化しよう」「個人制作で生計を立てよう」と気負わなくても、「シンプルに自分が好きなことをやってみて、うまくいったらその先を考える」というやり方もあるんだな、と思ってもらえると嬉しいです!
取材・執筆:中薗昴