リチウムイオン電池発火報道
リチウムイオン電池に関連する発火・爆発事故が、2025年に急増している。2025年上半期だけで、事故件数は143件に達し、過去最多のペースである。
9月24日、東京・杉並区の5階建てマンションで、モバイルバッテリーをスマートフォンに接続して充電中に「ボン」という音とともに発火した。火元住人の部屋から出火し、6人が煙を吸って軽傷を負ったが、住民の消火器使用で大事には至らなかった。8月28日には、新幹線車内で乗客のモバイルバッテリーから煙が発生し、1人が軽傷を負った。7月には、名古屋市地下鉄駅ホームで大学生のリュックサック内のモバイルバッテリーが爆発し、数日後には東京・山手線内でも同様の事故が発生した。夏場には、モバイルバッテリー、スマートフォン、電動アシスト自転車、ファン付き作業服など、さまざまな製品での発火が報告されている。さらに、ゴミ処理施設での火災も増加し、リチウム電池の不適切な廃棄が原因とされている。総務省は自治体に対し、適切な廃棄を求める通知を出した。これらの事故は、リチウム電池が身近な製品に広く使われている現代において、深刻なリスクを示している。
なぜリチウムイオンバッテリーは発火するのか
リチウムイオン電池が発火・爆発する主な原因は、熱暴走(サーマルランアウェイ)である。これは、電池内部の化学反応が制御不能になり、異常発熱からガス発生、発火、場合によっては爆発に至る現象である。熱暴走を引き起こす要因は複数ある。
まず、内部短絡だ。電池セルの電極間に異物が混入したり、製造時の不具合や外部からの衝撃で電極が損傷したりすると、電流が異常な経路を通り、発熱する。次に、過充電や過放電がある。電池の電圧が安全範囲(通常3.0V〜4.2V)を超えると、電解液が分解し、可燃性ガスが発生する。
高温環境も大きな要因だ。夏場の車内や直射日光下では、温度が60℃を超えることがあり、電池の化学反応が不安定になる。物理的損傷も原因になる。落下や圧迫により、セルの内部構造が壊れると、電解液が漏れたり、短絡が起きたりする。特に2025年夏は、記録的な猛暑が事故を増加させた一因とされている。
発火は保護回路や製品基準に関連しないか?
リチウムイオン電池には通常、保護回路(Battery Management System, BMS)が搭載されている。これは、過充電、過放電、過電流、高温を防ぐための電子回路で、具体的には電圧監視、電流遮断、温度管理、複数セルの電圧バランス調整を行う。適切に設計された保護回路は、異常を検知して充電や放電を停止し、熱暴走を未然に防ぐ。
たとえば、信頼できるメーカーの製品(パナソニックやソニー製セルを使用したバッテリー)は、厳格な品質管理と高性能な保護回路を備えており、事故率は低い。事故の多くは、保護回路が不十分または存在しない粗悪品に関連しているのではないか。
粗悪品の問題は以下に集約される。まず、低品質なセルだ。製造時に不純物が混入したり、電極が不均一だったりすると、内部短絡が起きやすい。次に、保護回路の不備がある。安価な製品では、コスト削減のため回路が簡略化されたり、電圧監視の精度が低かったり、場合によっては保護回路自体が省略されている。
非認証品や偽造品の問題もある。日本では電気用品安全法に基づくPSEマークが義務付けられているが、海外通販や格安品ではPSEマークがない、または偽造された製品が流通している。
2025年9月の杉並区のマンション火災では、モバイルバッテリーのメーカーやPSEマークの有無が報じられておらず、粗悪品の可能性が疑われる。「リチウム電池は燃える時は燃える」という意見があるが、これは保護回路や粗悪品の影響を無視し、リスクを過度に一般化してしまう。まず、信頼できる製品と粗悪品の差は、事故発生率に明確な影響を与えるはずだ。
なぜ報道で触れないのだろう?
保護回路や粗悪品の問題が、報道や公的議論で十分に取り上げられていないのは、不自然である。
技術的複雑さだろうか。保護回路の設計やセルの品質管理は、電気工学や材料科学の専門知識を要する。一般消費者やメディアにとって、これを分かりやすく伝えるのは難しい。そのため、「高温が原因」「充電中に発火」といった単純な説明が優先される。
情報開示の不足もある。事故後にメーカー名や製品モデル、保護回路の詳細が公表されることは稀だ。企業はブランドイメージを守るため、詳細を公開しない傾向がある。SNSでも「メーカーはどこ?」と疑問視する声が多いが、回答が得られにくい。
規制の限界も大きい。PSEマークの偽造や、海外通販での非認証品流通を監視しきれない。消費者庁やNITEは注意喚起を行うが、具体的な製品名やブランドの公表は少なく、問題の追及が不十分だ。
メディアの優先順位も影響しているのだろうか。「マンションで火災」「新幹線で煙」といった劇的な結果に焦点が当たり、技術的詳細には深入りしない。ニュースサイクルの速さも、深掘りを妨げる要因だ。
そして、消費者の意識不足がある。多くの消費者は価格優先で製品を選び、保護回路の重要性やPSEマークの意味を知らない。技術的な議論は発展しにくい。
しかし、この議論不足は、問題解決の機会を損失させている。保護回路や粗悪品の問題は、2025年上半期の143件という事故件数からも明らかなように、事故の大きな要因であろう。消費者への啓発、情報公開の強化、規制の改善が急務ではないのか。
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