トルコ・ロシア・中国(TRC)同盟構想
トルコ・ロシア・中国(TRC)同盟構想
トルコのレジェプ・タイイプ・エルドアン大統領は、ニューヨークでの国連総会出席中、トルコ・ロシア・中国による戦略的同盟(TRC同盟)構想について初の公的コメントを発表した。この構想は、ナショナリスト運動党(MHP)のデヴレト・バフチェリ党首が9月18~19日のトルコ大国民議会での演説で提唱したものである。
バフチェリ氏は、米国とイスラエルを「悪の連合」と呼び、これに対抗する新たな地域秩序の構築として、トルコがロシアおよび中国と戦略的パートナーシップを結ぶべきだと主張した。
エルドアン大統領はHalk TVの取材に対し、「この問題の詳細を完全に把握しているわけではないが、トルコと地域の利益のために最善の結果を願う」と述べ、慎重ながら前向きな姿勢を示した。トルコメディアはこれを大きく取り上げ、政府寄りのSabahは「トルコの新たな地政学的ビジョン」と称賛し、Halk TVやCumhuriyetはNATOとの関係悪化リスクを指摘している。この構想は、トルコの多方向外交を象徴する動きとして、国内外で注目を集めている。
バフチェリ氏の提案は、具体的な枠組みや実現性については曖昧だが、ガザ問題を背景にした反米・反イスラエル感情を強く反映している。トルコメディアによると、同盟は中東の安全保障やイスラム世界の団結を強化する手段と位置づけられ、特にガザでのイスラエルの行動に対抗する戦略として議論されている。対してエルドアン氏の曖昧なコメントは、国内のナショナリスト層への配慮と、NATOや米国との関係維持を両立させる意図を示している。今後、トルコがロシアや中国との協議を進めるか、注目が集まる。
背景としてのガザ問題とウクライナ問題
TRC同盟構想の主要な背景は、ガザ地区でのイスラエルの軍事行動と、これを支持する米国への反発である。
バフチェリ氏は、イスラエルがガザで「700日以上にわたりジェノサイドを行っている」と非難し、ベンヤミン・ネタニヤフ首相のエルサレムに関する発言(シロアム碑文問題)を「歴史的無知」と批判した。また、エルサレムの陥落はトルコとイスラム世界の「赤い線」であると強調し、米国とイスラエルの「悪の連合」に対抗するTRC同盟の必要性を訴えた。
トルコは2023年10月のハマス・イスラエル紛争以降、ガザ問題でパレスチナ支持を鮮明にしており、エルドアン氏は国連やイスラム協力機構(OIC)でイスラエルの行動を「戦争犯罪」と非難した。ガザ問題は、トルコの保守派やナショナリスト層の反米・反イスラエル感情を強く刺激しており、TRC構想はこれを政治的に動員する狙いがある。
ガザ問題に対して、ウクライナ問題は、意外でもあるが、TRC構想の直接的な動機としては二次的である。トルコはウクライナ戦争で、NATO加盟国としてウクライナに軍事支援(バイラクタルTB2ドローンなど)を提供しつつ、ロシアとのエネルギー協力(トルコストリーム)やシリア問題での連携を維持している。エルドアン氏はロシア・ウクライナ和平交渉の仲介役を務めるなど、中立性を保ってきた。
実際、バフチェリ氏の演説ではウクライナ問題への言及はほぼなく、ガザ問題とイスラエルの脅威が強調されている。トルコメディアも、TRC構想をガザ問題と中東の地政学的緊張に結びつけて報じており、ウクライナ問題はロシアとの関係強化の間接的文脈に留まっている。ガザ問題の感情的・宗教的影響力が、ウクライナ問題を上回る背景となっている。
NATOとの関係はどうなるか?
TRC同盟構想は、トルコのNATO加盟国としての立場に大きな影響を及ぼす可能性がある。トルコはNATOの重要なメンバーだが、近年、ロシアからS-400防空システムを購入したことで米国と対立し、F-35プログラムからの除外や経済制裁を受けた経緯がある。
バフチェリ氏の提案は、NATOからの距離拡大や完全離脱の可能性を示唆しており、トルコメディアでは賛否が分かれている。政府寄りのメディアであるSabahは、「トルコは西側のくびきから解放され、独立した大国として振る舞うべき」と主張し、TRC構想をNATO依存からの脱却と位置づけている。他方、Halk TVやCumhuriyetは、NATO離脱やロシア・中国への接近が、トルコ経済(西側市場への依存度が高い)や軍事安全保障(NATOの集団防衛)に深刻なリスクをもたらすと警告している。
エルドアン氏の曖昧とも慎重とも取れるコメントは、NATOとの関係悪化を避けつつ、国内のナショナリスト層の支持を維持する意図を反映している。
トルコは、ロシアとのエネルギー協力(天然ガスやアックユ原子力発電所)や中国との「一帯一路」連携を強化しているが、NATOの軍事インフラや米国との経済関係を完全に断ち切るのは現実的ではない。
TRC構想が具体化した場合、米国やEUからの追加制裁や、NATO内でのトルコの孤立化が懸念される反面、ロシアと中国はトルコとの協力を歓迎する可能性が高いが、両国間の戦略的優先順位の違いが(例:ロシアの中東政策と中国の経済優先)、同盟の枠組み構築を複雑化する可能性がある。
| 固定リンク