トマホーク供与をめぐるウクライナ紛争
ヴァンス発言とウクライナの背景
2025年9月29日、米国副大統領J・D・ヴァンスは、トマホーク巡航ミサイルを欧州諸国に売却し、その後ウクライナに供与する可能性を表明した。最終決定権はドナルド・トランプ大統領にあり、交渉は継続中である。
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、長距離攻撃能力の強化を求め、米国に対しトマホークの提供を繰り返し要請している。この発言は、ウクライナ紛争の交渉が停滞する中、西側による軍事支援のさらなるエスカレーションを示唆する。
トマホークは射程1,600~2,500kmの高精度亜音速巡航ミサイルであり、ウクライナが保有するHIMARS(射程80km)、ATACMS(射程300km)、SCALP/ストームシャドウ(射程250~500km)を大幅に上回る。これにより、ウクライナはロシア領内深部、例えばモスクワへの攻撃が可能となる。
ウクライナがトマホークを運用する際は、戦略航空機や艦艇が不足しているため、地上配備型のタイフォン発射装置が必要であり、その運用には米国の衛星データや専門部隊の支援が不可欠となる。過去、米国が供与した榴弾砲やミサイルにはGPS航法装置の非搭載や射程制限が課されており、トマホークにも同様の制限が予想される。
ウクライナ紛争は、ロシアの2022年侵攻以来、西側の軍事支援により長期化している。米国やNATOは、ウクライナの防衛力を強化しつつ、ロシアとの直接対決を避ける戦略を採用してきた。しかし、トマホーク供与は、従来の支援を質的に変える可能性があり、紛争の新たな局面を招く可能性が高い。
国際戦争へのレッドラインの構成
トマホーク供与の最大の問題は、ロシアが設定する「レッドライン」を超えるリスクである。ロシアのプーチン大統領は、米国やNATOが標的データを提供する行為を「戦争への積極的参加」とみなし、報復を警告している。クレムリン報道官ドミトリー・ペスコフは、トマホークの発射や標的設定に誰が関与するかを詳細に分析すると述べ、米国やNATOの関与を注視する姿勢を示した。
レッドラインの構成要素は以下の通りである。まず、トマホークの射程がロシア領内深部への攻撃を可能にし、戦略的要所や民間インフラが標的となる危険性がある。これに対し、ロシアはキンジャール(射程2,000~3,000km)やオレシュニュク(射程推定2,500~4,000km)などの極超音速ミサイルで対抗可能だが、攻撃範囲の拡大は紛争のエスカレーションを招く。
次に、米国やNATOが標的データや誘導システムを提供する場合、ロシアはこれを直接介入と解釈し、NATO加盟国への報復を正当化する可能性がある。最後に、トマホークの配備自体がロシアの防空資産の再配置を強いるため、軍事バランスに影響を与える。
ロシアは、2018年のシリア戦闘でトマホークを鹵獲し、その技術を分析済みである。S-400防空システムやMiG-31BM戦闘機、電子戦能力により、トマホークを飛行中に迎撃する自信を持っている。しかし、GPS制御が制限されたトマホークは精度が低下し、ロシアの防空網に捕捉されやすくなるため、戦場での効果は限定的とされる。それでも、ロシアは供与自体を「紛争の長期化」とみなし、外交的・軍事的対抗措置を検討する。
米国・NATOがターゲティングに関与した場合
米国やNATOがトマホークの運用に深く関与した場合、紛争は劇的にエスカレートする可能性がある。
トマホークの誘導には米国の衛星データや専門部隊が必要であり、標的設定やリアルタイムの経路修正は米国が管理する。この場合、ロシアは米国やNATOを直接の敵対勢力とみなし、報復としてキンジャールやオレシュニュクを用いた攻撃を検討することを余儀なくされる。それでも初段階では、標的はウクライナのタイフォン発射装置であり、段階的にポーランド、リトアニアなどのNATO加盟国の軍事基地、さらには欧州の米軍施設(例:ラムシュタイン空軍基地)となる可能性がある。
ロシアの報復がNATO加盟国に及べば、北大西洋条約第5条(集団防衛)が発動され、NATO全体とロシアの全面戦争に発展するリスクが生じる。
ロシアはキンジャールの高速性(マッハ10以上)やオレシュニュクの迎撃困難性を活用し、さらに迅速な先制攻撃を試みるようになる。また、サイバー攻撃やエネルギーインフラへの妨害など、非対称的報復も選択肢となる。
これに対し、米国やNATOは、トマホークの運用に制限(例:GPSデータの非提供や標的の限定)を課すことで、エスカレーションを抑えようとする可能性があるが、制限的運用でも、ロシアが米国関与の証拠を捉えれば、報復の正当化は避けられない。
国際社会の反応も重要である。中国やインドなど非同盟国は、NATOの直接関与を批判する可能性があり、ロシアの孤立を防ぐ。米国は、欧州経由の供与スキームで直接関与の印象を薄めようとするが、ロシアの監視能力を考慮すると、この戦略の効果は限定的である。
米国・NATOの関与がない場合
米国やNATOがトマホークの運用に関与せず、ウクライナが単独で運用する場合、状況は大きく異なる。が、実際には実現が困難であろう。
ウクライナには戦略航空機や艦艇がなく、タイフォン発射装置の導入と運用にも米国の技術的支援が必要である。
さらにGPS制御が制限されたトマホークは、事前設定された固定標的に依存し、リアルタイムの標的変更や移動目標への対応ができないので、精度が低下し、ロシアの防空システム(S-400やMiG-31BM)や電子戦による迎撃リスクが高まる。
ウクライナ単独での運用は、トマホークの戦術的効果を大幅に制限する。たとえば、ウクライナ国内やロシア国境付近の軍事施設への攻撃に限定され、ロシア領内深部への戦略的攻撃は困難となる。
ロシアはまた、タイフォン発射装置をキンジャールやオレシュニュクで事前に破壊する戦略を採用する可能性が高く、ウクライナの防空能力ではこれを防ぐのは難しい。ロシアのISR(情報・監視・偵察)能力により、発射装置の位置は迅速に特定され、先制攻撃の標的となる。
この場合、ロシアの報復はウクライナに集中し、NATOへの直接攻撃リスクは低下する。
いずれにせよ、ロシアはトマホーク供与自体を西側の間接的支援とみなし、外交的圧力を強化することになる。ウクライナの軍事的成果が限定的であれば、ゼレンスキー政権は米国やNATOへの不満を強め、さらなる支援を求める可能性があるが、国際社会では、米国やNATOの関与がない場合でも、トマホーク供与が紛争の長期化を招くとして批判が広がるだろう。
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