「ヨーロッパトラムの旅」という番組をNHK BSでやっていて、放送時間が深夜であっても、ついじっと観入ってしまいます。要するに、路面電車が好きなのです。日本の街でも路面電車があるところは、旅の楽しみがひとつ増える気がします。
先日、熊本にいる娘のところを訪ねた折、路面電車に乗る機会に恵まれました。熊本の電車は、かつての城下町の町割りに沿って直角に曲がりながら進むので、そのたびに街並みがぐるりと開けます。かつて福岡市にあった路面電車は直進が多かっただけに、この揺れは新鮮でした。 車両にはレトロモダンな新型もありましたが、やはり木の床の温もりが残る旧型の方が心惹かれます。おそらく、新型では運転席から聞こえた、あのカリカリと響くハンドルの音ももう聞けないのでしょう。
福岡の地で走っていた路面電車が廃止されたのが高校生のときで、廃止の発表を聞いたのは、確か中学二年生ごろだったと思います。
廃止の発表があった日、私は友だちと二人で、運転席の近くに立って前方をまんじりともせず見ていました。中二といえばまだ子どもなのです。運転手が子ども二人の存在に気付き、勢いよく「チンチン」と鐘を鳴らし、進行方向に向かって何度も指差し確認をしてくれたのを覚えています。
この気の良いおじさんにとって、路線廃止はとてつもなく寂しいのだろう、と子ども心に思いました。
そんなこともあって、私にとって路面電車は単なる懐かしいものではありません。あの時の鐘の音は今も耳の奥に残っていて、もっと柔らかな街の空気が息づいていたことを、思い出させてくれるのです。