路地裏の空き家の庭に咲きながら
シュウメイギクは何偲ぶらん (鳥海昭子)
秋明菊の白花は、一重でふっくらとした、楚々とした花を咲かせます。ひとり空き家の庭に残され、昔を偲ぶその姿は、この歌にぴったりです。
私の散歩道にも、風情ある路地裏があります。 幾筋もの細い道を挟んで古い家々が立ち並び、古民家を改装した店が点在して、昭和レトロな気配を醸し出しています。路地を入ったところにある鯛焼き屋で、鯛焼きとコーヒーを頼み、二階でひと息ついていると、客が途切れることはありません。若い人たちにも人気のスポットです。
ふと見回すと、ソファの置かれた一角は、かつてキッチンだったことが分かります。間取りをそのまま残したリフォームが、古家の記憶を今に溶かし込んでいるようです。窓越しに向かいの家の使われなくなったベランダが見え、かつてこのキッチンで料理する奥さんと、洗濯物を干す向かいの奥さんが会釈を交わしたのでは、そんな想像がふくらみます。昔の暮らしが今の風景に重なって見えるのです。
冒頭の歌のように、空き家に咲いて昔を偲ぶ秋明菊、その秋明菊を通して、二重にかつての生活に思いを馳せるとき、時間がわずかに歪むような感覚にとらわれます。
このあたりは戦後、引揚者のために国と神社が土地を提供してできた住宅地で、住民は神社との定期借地契約を結び、レトロな街並みが守られているのだとか。私はこの路地裏を、ひそかに「夢の浮島」と呼んでいます。ここでは人々の記憶が、宝物のようにそっと封じ込められているのです。