いよいよ帝国劇場が閉館を迎える今日、私はというと昨年9月頭の「モーツァルト!」で現帝劇との別れを早々に済ませ、いまだ実感のないままお茶の間で最後の瞬間を見守っている。
2016年版「エリザベート」から約9年間、私にとって帝国劇場の扉の先はいつだって夢の世界への入口だった。めくるめく死へのいざない、きらめく音符のつまった宝箱、星座をのせて回る盆舞台、断頭台でさしのべられた手のひら、そして空を舞う蝶ネクタイ。扉の先で出会う世界に魅了され、何度も泣き、笑い、感動と高揚感を両手いっぱいに抱えて帰路に着く、とくべつな場所。
足を運んだ回数はそれほど多くはないけれど、思い出のつまった帝劇の閉館によせて、当時のツイートや感想を掘りおこしながら思い出を振り返っていきたい。古川雄大さんについての感想がほとんどです。ひとつの記事にまとめたかったので、項目ごとの感想も長くなってしまった……。
- エリザベート(2016)
- レディ・ベス(2017)
- モーツァルト!(2018)
- マリー・アントワネット(2018)
- エリザベート(2019)
- モーツァルト!(2021)
- エリザベート(2022)
- ミュージカル・ピカレスク「LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~」(2023)
- モーツァルト!(2024)
- さいごに(帝劇とわたし)
エリザベート(2016)
6/30 13:30│7/8 13:30
はじめての帝劇が外観装飾あり、垂れ幕あり、パネルありのラッピングもりもり作品だったので、これがデフォルトだと思い込んでいたけどまったくそんなことはなかった。エリザベートのプリンシパル大集合パネルはいつの日か復活してほしい。
2014年の宝塚花組版をDVDで視聴していたものの、東宝版エリザベートはまったくの別物で、アンサンブルやトートダンサーズの一糸乱れぬ動きが大きなうねりのようだった。はじめての帝劇で見るエリザベートは観劇ビギナーだった私の人生観をたちまち塗り替え、9年後の今もなお脳内麻薬を求めて劇場をさまようおたくへと変貌させた。亡者たちの歌う「我ら息絶えし者ども」を客席で浴びた瞬間の、全身を雷に打たれたような衝撃はきっと死ぬまで覚えているだろう。
6/30マチネはシシィ役・蘭乃はなさんの初日公演だった。カーテンコールでの初日あいさつのあと、最後にもういちど舞台に登場した城田さんと蘭乃さんが、スタオベの客席を見てほっとしたような表情を浮かべていたのが印象深い。
帰りの新幹線で元気にチケットを追加していて笑う。あなた9年後も帰りの新幹線でおけぴとにらめっこしてますよ。
急きょ追加しての二回目。京本ルドルフ以外は前回と変わらず。どうしてももう一回エリザベートが見たくて、キャストは二の次でチケットを譲ってもらったのだが、どちらのルドルフも見られて良かった。古川ルドルフは意思の強い瞳が印象的で、死の接吻も力強く、みずから死に向かっていく潔さがあった。京本ルドルフは幼少期の孤独を引きずったまま大人になったような印象で、シシィに拒絶され、死(トート)につけこまれて事切れていく儚さを感じた。どちらのルドルフも大好きでした。
7/8の公演では映像収録のアナウンスがあり、結構な数のカメラが客席に設置されていた。映像化が当たり前ではない海外版権のミュージカルで、はじめて観たシーズンの公演が「空前絶後のご熱望」によってDVDとして残るなんて、われながら幸運すぎると思う。
【ついに情報解禁】大変お待たせいたしました、空前絶後のご熱望にお応えいたしまして、ミュージカル『エリザベート』DVD発売決定!!!ご予約受付を開始いたしました。https://t.co/AglylKWrcThttps://t.co/4Gn02bfciU
— 東宝演劇部 (@toho_stage) 2016年7月24日
レディ・ベス(2017)
11/9 18:00
ベスでもラッピングの景気が良かった。ライトの反射とさんざん格闘したあげく、うまく撮るのをあきらめた写真ですが供養しておきます。
はじめてのイープラス貸切でチケットを入手。ビギナーズラックでやたらと席が良かった。
自分の中では長年キャストは良かったけど話はよくわからん作品という位置づけだった「レディ・ベス」だが、最近「SIX」の予習のために「セシルの女王」を読み、アン・ブーリンやメアリー1世、ロジャー・アスカムに対する解像度が高まったところでベスを見返したら面白かった。前後関係が頭に入っているか否かで印象が変わる作品だと思うので、DVDをお持ちの方はぜひ「セシルの女王」を読んでみてほしい。
古川フェリペに脳みそを焼かれていた模様。そりゃあ焼かれるよこの美しさだもの。
脚本は正直ふわふわしていたけど、花總まりさんは気品あふれる芝居でベスの半生を演じきり、「闇を恐れずに」で見せる決意の表情にはベスの終生をも想起させる威厳と風格があった。
衣裳を担当された生澤美子さんのインタビュー(2014初演時)によると、ドレスの色とベスの心情の変化がリンクしていたり、メアリーのティアラが型から製作されていたりするらしい。豪華でこだわり抜かれた衣装がほんとうに素敵だった。このまま眠らせておくにはもったいない衣装の数々………。MAみたいにオーブで再演しないかなぁ。
モーツァルト!(2018)
6/1 12:30│6/27 12:30
ついに古川さんがタイトルロールに抜擢されるということでも〜〜解禁から楽しみで楽しみで……! 前回公演のDVDが出ていたので山崎育三郎さんのバージョンを買い(こちらもほんとうに素晴らしくてだいすき)繰り返し見て観劇当日に臨んだ。
舞台の上には孤独に抗い、絶望のなかで懸命にもがくヴォルフガングの姿があった。歌唱につたなさは残るものの特徴的な声質が役柄とはまり、たちまち古川さんのヴォルフガングに夢中になった。「僕はウィーンに残る」の「自由だーーー!!!」のロングトーンがあまりに伸びやかで、本調子ではなさそうな公演でもこのロングトーンだけはどこまでも美しく響きわたっていた。一幕から全力投球なので二幕の憔悴が真に迫り、毎公演命を削りながらヴォルフガングの人生を生き抜く古川さんの熱演に胸を打たれた。
二回目も平野コンス以外は前回と変わらず。6/27マチネは平野さんの帝劇千秋楽だった。2018年以降にコンスタンツェを演じた4人のなかで、私は平野綾さんのコンスがいっとう好きだ。4人それぞれにすばらしく魅力的なのだが、平野さんのコンスには凡人ゆえの悲哀がとても濃い印象がある。理想と現実のはざまでもがき、天才の夫を支えきれない苦悩と嫉妬をにじませる。常人の理解の範疇をとっくに越えてしまった夫を震える声で引き止め、「あなたが愛しているのは自分の才能だけだもの」とヴォルフを傷つける言葉をぶつけながら自分が誰よりも傷ついていた。「才能より愛される妻にはなれない」が悲しみと怒りに満ちていて、ヴォルフへの愛と才能への嫉妬でぐちゃぐちゃになった平野コンスがほんとうにほんとうに大好きでした。なんでM!2018DVDになってないんだよ………!!泣
古川さんは盛れてないって言うけど*1私はM!2018のビジュアルがいちばん好き。M!2018以降は装飾がなくなってしまったので、古川ヴォルフにとっては最初で最後の帝劇ラッピングだった。
(余談)
6/1にナイツテイルの号外を配っていたらしい。職場のジャニヲタにあげてしまって残念ながら手元には残っていないけど、終演後に帝劇を出たら渡されて、なんだこれ?と思いながら持ち帰ってきた思い出。
マリー・アントワネット(2018)
10/30 18:00
花總マリー・古川フェルセンの組合せで見ました。致死量の美。
花が咲くように笑みをこぼし、扇で口元をかくす花總マリーの美しさといったら……!ミルクに紅ばらの花びらを浮かべたようとはまさにこのこと。かりそめの夢に閉じこもり、現実から目をそらし続ける花總マリーと、全身に怒りをたたえ、今にも焼ききれてしまいそうな熱量で訴える昆マルグリットの対比が凄まじかった。マリーやマルグリットが飲みこまれてゆく革命の濁流の最中で一幕が終わり、緞帳に投影されたMAロゴの背景にフランス国旗が加わっているのを見てぞっとした。なにより記憶に焼きついているのが裁判の場面で、ただそこに黙って座しているだけで場の空気を支配してしまう花總マリーが史実のマリー・アントワネットそのものに見えた。
シャンテのパネル展にようやく該当して有頂天で撮ってきた古川フェルセン。花總さんのマリーと並びたつと発光したように美しく、マリーとフェルセンの恋がかりそめの夢であることを忘れてしまう。影をおびた役作りもマリーとの悲劇を引き立てていて好きだった。
エリザベート(2019)
7/25 13:00│8/14 13:00
この喜びようである。M!の抜擢で予感はあったものの、古川さんのトートが現実になると思ったらめちゃくちゃ嬉しかった。
アミュモバが奇跡を起こしてくれてとんでもない席で古川さんのトート就任を見届け、念願だった成河ルキーニもようやく見られて、今日ここで人生が終わったとしても悔いはないと思えた公演だった。2016公演時に二階席から指をくわえて見ていたキッチュの紙幣が頭上を舞い、ひらひらと膝に落ちてきた一枚を震える手でパンフレットに挟んだことを覚えている。
三年越しにお目にかかれた成河ルキーニは期待以上で、狂言回しとして場を掌握しつつ「皇后エリザベート」の物語を土足で好き勝手に踏みにじっては中指を立てるような醜悪さがあった。民衆を扇動したかと思えばそのなかに紛れ、ぞっとするほど冷たい目をして笑っている。その落差に夢中になり、ルキーニの出ている場面は成河さんのルキーニから目が離せなかった。今期から登板した愛希れいかさんのシシィも強く、古川さんも負けじと食らいつくのでなんだかめちゃくちゃ濃いものを見たな……という印象がある。
古川さんのトートは外見こそ高貴な猫のようだったが、人ならざる者の不気味さを備え、はじめての恋に浮かれる怪物という感じの趣きもあってとても良かった。古川さんが黄泉の帝王として舞台に立ち、アレンジを交えながらトートのナンバーを歌いこなす姿に感無量だった。
二回目。「ラ・カージュ・オ・フォール」での木村達成くんがとても良かったので今回はルドルフを固定で見ようと決めていた。達成ルドルフは自決の場面でかすかに笑みを浮かべる。それは自嘲のようでも救いのようでもあり、引き金を引く瞬間に血しぶきのごとく飛び散る汗が見事だった。
カーテンコールがね……もうかわいくって……! ルドルフ役の達成くんと少年ルドルフ役の加藤憲史郎くんがなにかとじゃれ合って楽しそうにしていたのが癒しだった。
なにを食べたか忘れてしまったけどシャンテのコラボフードもお祭りっぽくて楽しかった。
モーツァルト!(2021)
4/26 12:30
https://x.com/furukawa_staff/status/1385866021399982084?t=w6j4bs7ANr8xpeLp0RSbEw&s=19
緊急事態宣言発出による公演中止のため二枚のチケットが一瞬にして紙きれと化した2021M!だったが、幸運にも公演が打ち切りとなる前日に一公演だけ観ることができた。この日の夜公演では山崎さんが、翌日の昼公演では古川さんがそれぞれ一週間ほど繰り上げて帝劇千秋楽を迎えた。はかりしれないほどの思いがあっただろうに、つとめて普段どおりに公演を届けてくれたことに感謝しかない。
翌日以降の公演中止を受け、ロビーには異様な空気が漂っていた。嘆く人、安堵する人、公演を楽しみにしている人。共通していたのは皆、息をひそめるように幕があがるのを待っていたこと。(客席で普通に会話をしている人もいて正気か!?と思った)密集を防ぐためか外装や垂れ幕などはなく、代わりにおかれていたのは会話禁止の看板のみ。半分あきらめていた公演を見られるだけでもいいと思ってやって来たものの、この時点でだいぶ気持ちが沈んでしまっていた。
帰ってきた古川ヴォルフはひと回りもふた回りも大きくしたたかになっていた。さみしさを含んだ声音はそのままに、音域が安定したことでどの音も伸びやかに響き、一幕の奔放なヴォルフガングに磨きがかかっていた。2018年版では深い絶望のなかで泣き叫ぶようだった「何故愛せないの?」も、2021年版では凪いだ水面のようにしずかな失望と諦念を感じた。
三年前のいまにも崩れてしまいそうにもろかったヴォルフはどこへやら、アマデと対等に渡り合い、綺羅星のようにひかめく音楽家がそこにいた。ヴォルフの光量が増したぶん、その足元にひろがる影もより濃く深くなる。「影」の役割を担うレオポルトとナンネールも容赦なくヴォルフを追いつめ、モーツァルト一家の機能不全家族感が際立っていた。2021M!の市村レオポルト怖くて大好き。
帝劇では公演が打ち切られ、地方公演の幕が開くかすらもわからず客席に不安が広がるなか、この日の公演が、リーヴァイ節のきいた名曲の数々が、観客にとって(すくなくとも私にとって)どれほど救いだったか知れない。涙でびしゃびしゃになったマスクをハンカチで必死におさえながら、決死の思いで公演をつないでいくこのカンパニーが、どうか明日までの公演だけでも無事に完走できるようにと祈った。音楽は魔法のように万能ではないかもしれないが、慰めであり救いだと強く感じた公演だった。
エリザベート(2022)
11/12 13:00
地方を含めた全公演が中止となってしまった2020年版ではすべての組み合わせを網羅すべくはりきってチケットを確保していたものの、手元のチケットを払い戻ししているうちに心がぽっきりと折れ、再演の告知があったときにはリベンジに燃えるどころか一公演を申し込むのもやっとの落ち込みようだった。それでも約三年ぶりに客席で聞く「我ら息絶えし者ども」にはこみあげるものがあり、エリザベート2020への期待に胸をふくらませた気持ちがよみがえってきた。エリザベートってやっぱりサイコ~! エーヤンエーヤンエリザベート!!
観終わってすぐに次のチケットを探して右往左往していたものの、数日のうちに帝劇千秋楽を含めた公演のほとんどが中止となってしまい、M!2021の悪夢を思い出して落ち込んだ。(そしてチケットは当然追加できなかった)
2019公演の時点ですでに完成されていた愛希れいかさんのシシィはさらに輝きを増し、少女から晩年までを見事に生き抜いていた。凛として美しく聡明だけれど、自由を求めるあまり孤独を深めてゆくシシィが、死ぬことでようやくがんじがらめの現世から解放される。トート(死)を拒絶する愛希シシィと古川トートのデュエットには、死闘さながらの熱量があった。幾度となく死闘を繰り広げた末、トートの腕に飛び込む瞬間の満ち足りた表情は歴戦の戦士が死の間際に浮かべるやすらぎのようで、それを受け止める古川トートのいつくしむようなまなざしと、シシィが目を閉じたあとのトートの表情に胸がざわめいた。
愛希シシィのほとばしる熱に呼応するように古川トートもまた獰猛さを増していた。シシィの内から生まれた死への渇望、それがトートという存在だと思っていたけれど、「死」そのものに対する解釈が深化し、蹂躙するような圧倒的「死」の表現に、どうしようもなく降りかかる災害めいたものを感じた。「最後のダンス」の劇場全体をふるわすフェイクでは鳥肌が立ち、古川さんの表現したかったトートの理想像に彼の技術と自信が追いついたのかもしれないと思った。感情表現もいままで見てきたなかでいちばん豊かで、激情的な愛希シシィを映し出す合わせ鏡のようなトートだった。
どうしたって成河ルキーニの影を求めてしまうのだが、上山竜治さんのルキーニもとても好きなルキーニだった。みずからの描く脚本の上を綱渡りのように歩き、行き交う群衆のなかで所在なくたたずむ姿には、狂言まわしというよりひとりの人間としての脆さを感じた。突飛な動きも芝居がかった動作もしないからこそ気味が悪いほど等身大で、しずかな殺意をやどした目だけがぬめるように光り、“Prego!”の台詞のあとフィルムが流れるように再生されていく登場人物たちのなかで、異質な存在感を放っていた。ルキーニってアジってなんぼの印象があるので、トートとシシィの再現劇に救いを求めるようなルキーニ像が新鮮で面白かった。どの場面か忘れてしまったけど、大口を開けて笑いながら「シーッ」と人さし指を立てておどける上山ルキーニがかわいくて好きだった。
ミュージカル・ピカレスク「LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~」(2023)
11/18 13:00
古川雄大さんの帝劇初単独主演作! おめでとうございます!! 垂れ幕をみるのもエリザベート2019ぶりだったので嬉しかった。
ひたすらに明るいエンタメの波状攻撃で、一年前には黄泉の帝王として帝劇に君臨していた古川さんが、ぴかぴか光る蝶ネクタイで空を飛ぶなんて誰が想像しただろうか………! 「おたくの見たい古川雄大特盛全部載せ」とか「帝劇で見る白昼夢」とか「古川雄大トップスターお披露目公演」とか言われていたけど、全部「そう」だったので「そう」としか言えない。まさかこういう毛色の作品が単独主演作になるとは思っていなかったので驚いたけど、古川さんが楽しそうに七変化している姿を見て、幸せならOKです!と心のなかで親指を立てた。
黒執事リコリス再演から古川さんの出演作をちょこちょこ見るようになったので、こしゃく*2やセバスチャンのマントを彷彿とさせる要素がふんだんに散りばめられていて、なんてぜいたくなシネマティックレコード*3なんだろう……と感慨にひたっていた。のに、アネットちゃんが登場した瞬間さすがに声が出そうになった。女装までかわいいのかよ。
脇を固めるキャストも手がたく、真彩希帆さんのクラリスはとても愛らしかったし、真風涼帆さんのすらりとしたドレス姿はため息が出るほど美しかった。古川雄大さんの主演作を盛りたてて良いものにしよう、という気概が舞台上からあふれていて、とても良いカンパニーだなと幸せな気持ちになった。
エリザベートのマデレーネ役であまりのかわいさにたびたび視線を奪われた美麗さんがルパンにもご出演されていて、出ている場面はとにかくかわいくてつい目で追ってしまった。黒鷲団で男装をしている場面もひときわしなやかで素敵でした。
モーツァルト!(2024)
8/27 12:30 │9/3 17:45
古川ヴォルフ三度目の帰還。「モーツァルト!」は古川さんが帝劇の舞台に刻んできた奮闘の歴史でもある。これまでヴォルフガングという難役を乗り越えてきた姿にいつしか頼もしさを感じるようになった。トートのリベンジも帝劇の単独主演も果たした古川さんがどんな集大成を迎えるのか、幕が上がるのを心待ちにしていた。
観劇当日、まさかこれだけの振り幅があったなんて………!と何度も衝撃を受けた。ヴォルフガングの内からとめどなくあふれる感情のすべてが歌声となって濁流のようにおしよせ、びりびりと空気をふるわす音圧に驚かされた。三度目にして「僕こそ音楽」をこれでもかと体現するヴォルフガング。正直古川さんに対して「歌の人」という印象はあまりなかったのだが、めちゃくちゃ「歌の人」だったので放心してしまった。
ヴォルフガングの苦悩が前面に出ていたこれまでの公演と比べ、今期は周囲の人びととの関係性がそれぞれに濃く、レオポルトやナンネール、コンスタンツェ、それぞれに愛情深く接していたように見えた。どれだけいびつでも与えられた愛に応え、みずからも愛を注ごうと試みるヴォルフガングだが、アマデ(才能)はそんなもの不要とばかりにいっさい興味を示さない。父の死を告げられた途端、解き放たれたように鬼気迫る表情でペンを走らせるアマデをこれまで何度も見てきたはずなのに、なんて残酷なのだろうと思った。「モーツァルトの混乱」では顔の右側と左側で表情がちぐはぐになっていたのが印象的で、どこまでが演技でどこまでがそうでないのかわからないほど古川さん自身とヴォルフガングが深く同化していた。ここまで役を理解し、自分の血肉とするまでにどれほどの努力を重ねてきたのだろう。古川さんと「モーツァルト!」の、これまでの軌跡をていねいにたどるような公演を目撃できて幸せだった。
M!に関しては書き足りないのでまたいずれ書くやも。
帝劇コンでまた来るかもな〜とのんきに構えていたくせに、めずらしくM!でインペリアルカフェに行っていた。友人を連れていきたかったからなのだが、帝劇に来る最後の日だという予感が無意識に働いたのかもしれない。
さいごに(帝劇とわたし)
ここからは余談として私自身の話をします。読み飛ばしてくださってかまいません。
この記事を書きはじめたのはちょうど帝劇コンの初日、2/14の夜だった。帝劇コンのセトリに沸き返るTLを眺めながら、フィナーレの列に加わることはできなかったけれど、帝劇で自分が見てきたものをかたちに残しておきたいという思いが芽生え、はてなブログの編集画面を開いた。それからは昔のTwittwerのアカウントをひたすらさかのぼり、Googleフォトに残っている写真や膨大なスクショと向き合う日々だった。当日の記憶がよみがえるたびに言いようのない思いがこみあげてはなつかしくなり、エリザベート2019あたりから明らかに分量がバグり始め、はたして閉館当日までに書きあがるのだろうかという不安と戦いながらキーボードを叩き続けた。(卒論?)おわったよ~~~~!やったね~~~~!!!
ここまで読んでくださった方(いるのだろうか)はお察しのとおり、私は古川雄大さんの出演作以外は帝劇に足を運んでおらず、レミゼやサイゴン、SHOCKなどの往年の名作を劇場で観たことがないどころか帝劇コンもまあいいやという感じのにわかミュージカルファンである。そんな私がうっかり帝劇の扉をくぐることになったのは、古川さんと花組エリザベートの存在が大きい。黒執事リコリス2014でAKANE LIVさん演じるマダム・レッドに衝撃を受け、翌年のリコリス再演を見に行って古川さん演じるセバスチャンに心を奪われたこと。それから、ヅカバサを経て花組エリザベートに出会い、エリザベートを劇場で見たくてしかたなかったこと。思いがけないタイミングでふたつの要素が交わり合い(残念ながら2015年の公演には間に合わなかったけれど)なにもわからないなりにエリザベートのチケットを押さえた9年前の自分にありがとうを言いたい。おかげでいまだに日比谷周辺をさまよっています。
そして、エリザベートのルドルフにはじまり三度目のヴォルフガングにいたるまで、長い道のりに途中乗車させてもらい、帝劇という夢の世界でなんども魅了してくれた古川雄大さんにはものすごく感謝している。舞台で拝見するたびに輝きと自信を増し、スターへの階段を全速力で駆け上がってゆく姿をみられるのがいつだって楽しみだった。生まれ変わった帝劇でもきっとその素敵な歌声を響かせてくれることでしょう。
2025年2月28日
— 帝国劇場 NewHISTORYCOMING (@NewHISTORY2025) 2025年3月2日
帝国劇場の奇跡#さよなら帝劇#井上芳雄#中川晃教#山崎育三郎#古川雄大#京本大我 pic.twitter.com/TOcdYHo5bP
「ミュージカルデイ」の中継で、歴代のヴォルフガングと市村パパの「僕こそ音楽」が聴けたことも、金の紙吹雪が舞うなか帝劇最後の瞬間を待つ古川さんと平野さんの2016M!コンビにも感無量だった。
返す返すも夢のような9年間でした。人でごった返すロビーも、オレンジのやわらかな光を灯すライトも、重厚なたたずまいに似つかわしくないサイネージ看板も、荘厳で美しいステンドグラスも、入場してすぐ並ばないと入れないカフェも、むらさきに染まった客席も、めちゃくちゃ並ぶトイレも、トイレに案内係のお姉さんがいたことも、そして肉まんの味も。すべてがなくなってしまっても忘れずにいられるように。肉まんは帝劇展で食べられるらしいですが………(うれしい)
まさか閉館の半年も前にお別れすることになるとは思っていなかったけど、お茶の間で最後の瞬間を見届けられてよかった。明日から解体作業がはじまるということで、もう日比谷に行っても見知った姿じゃないかもしれないことがさびしくてたまらないけど、またいつかこの場所であらたな夢が見られることを願って。
ありがとう帝国劇場、さようなら。5年後(?)の新帝劇コンには呼んでな!!(古川さんを!!)