「これだから頭のいい奴は面倒だ」彼女が消えた、背の高さほどの防波堤を躊躇なく降りたらしい。下を覗く、膝を曲げた彼女が姿勢を戻す。
彼女の車が颯爽と海岸沿いを駆け抜け、遠ざかっていく。自転車を漕ぐ、歩くよりも目的地につける移動手段、風をより感じる速度。漕ぐ、ハンドルで方向を定め、前後のバランス、そしてブレーキ。視点は若干先を見つめていなくてはならないのか。
いつもよりも速度が速くてもいけない、それが続けば当たり前になり、歩くことを億劫に感じるからだ。使用頻度に制約を加える、使いたいときを限定し、時を選ぶのだ。通常は歩行が優先、リセットしなくては。
工場と林と空き地とコンビニ。疲れた。自転車を降りる。川が流れている。釣り人が竿をたらしていた。厳重な装備、車もオフロード仕様。これも離れたリセットだろう。装備品に身を包んで、格好が気分を転換させるのか。自転車が一台駆け抜ける、私の自転車を見て、愛好家だと勘違いをしたハンドサインと目配せ。やはり、格好は派手な蛍光色だった、ドライバーの視認性を高める目的の色なのに。
線路を探す。操車場が隣接した無人駅に到着した。自転車はもちろんの乗り捨てる。
私は何をすべきなのだろうか、電車に揺られて考えをめぐらす。
トンネル。真っ暗。明かり。乗客は私とは違い、暗闇と明かりの間を同じだと思い込めるのか、私はリセットされていたのに。
月が綺麗ですね、誰の言葉だっただろうか、私が言ったのかもしれない。
リセットされれば誰の物でもない。私のでもあるはずがないのだ。
欲しがった名前、理想だった環境、私を維持する居場所、忘れていた私。
駅を降りて、人ごみにもまれならが本屋にたどり着く、駅構内の本屋である。地図を買った。次の行き先を決める。本当は、その場の思い突きで十分だった、これまでならば。ただ、四年後を見据えて、現在とは異なった私による行動をと考えたら、これまでのルートを私もリセットすべきだと思ったのだ。そう、リセットしている私を。
例に倣う。ただし、観光ガイドはめをつぶって入手した。行けば都、住めば綻び、期待は不満。
「カバーが必要ですか?」人を観測よって判断しためずらしい接客、私はカバーを必要としない。
「いいえ」この店員は本が好きなのだろう、誰に見られようと、どこで読もうと、読書は私にのみ還元される。
レシートの受け取りはこちらから断った。
「どうも」挨拶ではなく、私なりの感謝の言葉だ。接客に終われる店員の動きが止まった。意外性だったのだ。彼女がやろうとしていたことを体現したらしい。
旅行会社にふらりと立ち寄る。今日のフライト、これから乗れる便があるか尋ねた。南に飛ぶ飛行機に飽きがあるらしい、私はチケットを購入する。急いだ方が言い、カウンターの女性は親切心を口にした。
人ごみに戻り、駅の窓口にたどり着く。カウンターで電車の切符を買う。
「空港までは何分でつきますか?」
「快速ですと、約四十分」
「ありがとう」紺色の制服を着た男性が眉を上げた。
リセット。いつもは買わない指定席を購入した、弁当も飲み物を買い、そして時間に追われた。胸騒ぎ、飛行機に乗れなかった場面が思い浮かんだ。焦る私。そうか、人はこうして、まだ起きてもいない、自らで引き起こした現実に振り回されているのか。
隣の席は開いていたが、荷物は膝に載せていた。
死を予感して、眠る。乗り過ごす私を思い描きながら、私はリセットされた。
おわり