何回かちゃんとしている、してないについて考えていて、そこにアンテナが立つようになっている。ちゃんとしている母から電話。母は私の家が経済的に余裕がないようであることを気にしている。(食べるものに困っているわけではないが、右肩上がりで人生を過ごした団塊世代の父母と私の今の家族はやはり違う経済感覚を持っていると言わざるを得ない)「お米をあげたいんだけどなかなか良いお米に会えない。この前X(高級食材宅配)で頼んだら無洗米なんて変なものがきて、すごく不味かった」
ガーン。
まず私は高級食材宅配は頼ま(め)ないのだがとにかく時間がない(全てが遅いから)し、とにかく面倒くさがりのポンコツ野郎なので、無洗米以外の米は受付不可である。無洗米以外米じゃないくらいの勢いである。味の違いなどわからない。そのうえ、我が家は古古古古米を食べても違いがわからない。
ちゃんとしている母にはわかるのだろうか、その違いが…ちゃんとしていない自分と、かつては同じ体内の細胞仲間であった母との間にある深い溝に戦慄する秋の日。
私にも、ミキモトのピアスをする日が、エトロのスカーフ巻く日が、毎日台所掃除をする日が、果たして来るのだろうか…古古古米の無洗米でも美味しいけど…。